【今回のテーマ】加配保育士さんからの相談
前回に引き続き、加配保育士さんから相談のあった「“赤ちゃん”にこだわりがある5歳の自閉スペクトラム症の潤太郎くん」について考えていきます。 「赤ちゃんの頬を触りたがり、頭を叩くこともある」その行動の理由は何でしょうか? まず子どもの気持ちを考えるために、「4つの要素」①それまでの経験/②きっかけ/③行動の理由/④得られるもの、これを考えてみましょう。
4つの要素から仮説を立てる

今まで何回か赤ちゃんを触るチャンスがあり、どんな反応をするか経験がある。 (頬の感触が気持ちよかった、叩いたら泣いた、声をかけたら自分の方を見たなど)
② きっかけ
赤ちゃんが視界に入る。
③ 行動の理由
赤ちゃんが自分を見てくれる(注目)や刺激や反応(感覚刺激)。
④得られるもの
赤ちゃんの頬の柔らかさ(触覚の感覚刺激)、赤ちゃんからの注目及び反応や応答(視覚、聴覚の感覚刺激)。
さらに深掘り「だからだってフォーム」
これを「だからだってフォーム」のフォーマットに当てはめてみましょう。「僕、〇〇だから(困った行動)しちゃうんだ。だって(困った行動)すると●●だからね」 |
(5歳の自閉スペクトラム症の潤太郎くんの気持ち)
「僕、赤ちゃんは叩くと柔らかくて気持ちいいし、僕の方を見るから、赤ちゃんを叩いちゃうんだ。
だって、叩くと、手に柔らかい感触を感じられるし、赤ちゃんが僕を見て反応するのがおもしろいからね(赤ちゃんからの注目及び反応や応答(触覚と視覚の感覚刺激)」
…という感じでしょうか。

仮説に基づく工夫や対応を考える
このように仮説を立てた場合、潤太郎君の行動を止めさせる、もしくは違う行動に置き換えるには、どのような対応が考えられるでしょうか?「きっかけ」へのアプローチ
赤ちゃんが視界に入ることがきっかけとなって赤ちゃんを叩くという行動を起こすので、「赤ちゃんが視界に入らないようにする」物理的な工夫をします。保育園などなら、赤ちゃんの部屋のドアを閉める、仕切りや衝立を置くなどして、潤太郎君から赤ちゃんが見えないようにします。
「行動の理由」「得られるもの」へのアプローチ
潤太郎君の行動の目的である、赤ちゃんからの「注目」や赤ちゃんから得られる感覚刺激(柔らかい感触)を得ることができる、適切な方法を獲得できるようにします。例えば、叩くのでなく「背中をやさしく、トントンする」ことを覚えてもらいます。やさしくトントンすることで、赤ちゃんの柔らかさを感じられればよいわけです。

「こだわり」として定着する前に対応する

この経験を積めば積むほど、潤太郎君の「叩く」行動は、「こだわり」として定着していきます。
ですから、できるだけ早い段階で上記のような工夫をして、「赤ちゃんを触る、叩く→赤ちゃんの反応(泣く、注目する、柔らかい感触等)」という状況を作らないようにしたいです。
「社会的ルールの理解」の獲得をめざす
以上のような行動の分析や対応とは少し別の視点として、「そもそも人を叩いてはいけない」という社会的ルールが理解できるように支援することも大切です。子どもが何かをしてしまう、もしくは、しなくてはいけないことをしないという場面で、よくよく聞いてみると、実は子どもは「そういうルールを知らなかった」ということがあるのです。
特に発達障害のある子の場合「人の表情から感情を読み取るのが苦手」「周囲の状況をとらえることが苦手」という傾向があります。
その結果、保育者側が「このルールは知っていて当たりまえ」「教えなくても自然に覚えるだろう」と思うルールを理解していないことがあります。
「当たり前」を教えるには?

その結果「叩いてはいけない」ことを知らないままに叩いてしまっていきなり叱られる。それは避けたいのです。
ですから「こんなことは知っていて当り前」と思えるようなことでも、穏やかに、丁寧に、わかりやすく、端的に、社会の基本的ルールを伝えてあげましょう。
言葉だけでない伝え方の工夫

「人は叩いてはいけない」ならば、叩くしぐさをして首を振るとか手で大きくバッテンを作るなどでしょうか。
社会で安心して暮らしていくには、社会生活における基本的なルールを理解し、それを守って行動できることはどうしても必要です。それができないと、生きていける範囲がとても狭くなってしまいます。
幼児期から、社会ルールの獲得への支援を行っていきたいと思います。
今回のケースの現実的な対応
「5歳の自閉スペクトラム症の潤太郎君」の行動への対応として、③行動の理由、④得られるものにアプローチし、背中をトントンする、いないいないば~を覚える、などを挙げてきました。
確かにそれは潤太郎君が自分の欲求を満たせる適切な方法ではあります。
しかし、現実問題として、衝動性の高い子どもの場合、赤ちゃんの側にいるうちに結局、叩いてしまうことは十分に考えられます。
それでも叩いてしまったら?
赤ちゃんの安全が第一ですから、そのような場合は、赤ちゃんが潤太郎君の視界に入らないようにする対応(②きっかけへのアプローチ)が現実的だということにならざるを得ません。ただ、ひとつの方法として、保育士が「いないいないば~」などをするところを、少し離れた場所、潤太郎君が衝動的に叩きたくなっても手が届かないところから、潤太郎君に見せることは考えられます。

そこで潤太郎君は笑う、泣くといった赤ちゃんの反応を即座に引き起こそうとして、「叩く」わけです。
「赤ちゃんの反応が見たい」というのが潤太郎君の望みだとすれば、保育士の「いないいないば~」で赤ちゃんがキャッキャと笑う様子を見ることでも、潤太郎君は満足できるかもしれません。
よくない経験を積ませない
基本は「赤ちゃんを触る、叩く→赤ちゃんの反応(反応がある、注目する、泣く、柔らかい感触等)」という経験をいたずらに積ませないこと、です。そのための工夫を基礎に、子どもが新しい学び(この場合は「赤ちゃんと安全に楽しく関わることができるようになること」)を得ることができるように支援したいです。
子どもは、大きくなるにつれて、より多くの人と出会い、より広い世界に生きることになります。
子どもたちが、「未来」のその世界で安心してそして楽しく生きられるようになることを意識して、「今」の保育を丁寧に行いたいものです。
次回のテーマ
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