今回は給食のとき、食べ物を机から払い落してしまう子のケースです。
小太郎君は4歳の男の子。まだ、おしゃべりができないので、何かしてほしいときは、指差しや保育士の手を引いて伝えます。
さて、大好きなお給食の時間です。
小太郎君は食べることは大好きですが、嫌なものがあるときは大変です。お皿ごと机からはらい落としてしまうのです。
今日も、ニコニコ顔で自分の席に着きましたが、おかずのお皿を見たとたん、小太郎の顔つきが変わりました。
「バーン」。怒った顔でおかずの皿を机から払い落とします。
保育士はこの子の状況をどう捉え、どう考え、どう対応したらいいでしょうか?
『だから、だってフォーム』=「僕、○○だから机からお皿を払いとしちゃうんだ。だって、机からお皿を払い落とすと●●なんだもん。」を使って考えてみてください。
まず、これまでお伝えしたことを復習しましょう。
- 保育の目標は、子どもの中に、「自分が好き」「人が好き」を育てること
- 子どもの中に「自分が好き」「人が好き」という感覚を育てることは、子どもが周囲との「つながり」や「信頼」の感覚を育てる基盤となり、他の場面での対応にもつながる
- 「自分が好き」「人が好き」を育てるには、「事後対応」ではなく「予防的な対応」が重要
- 予防的対応をするために『だから、だってフォーム』を使う
- 『だから、だってフォーム』を埋める際は、①静かに ②その行動だけでなく普段の様子を観察し、③子どもの気持ちを想像しながら理由を考える
さあ、今回のケースについて考えてみましょう。小太郎君は困った表情で、皆さんに伝えています。
「僕、どうしても机からお皿を払い落としてしまうんだよ。どうしたらいいの? 本当は僕もみんなと楽しく給食を食べたいのに、先生に褒められたいのに…」
『だから、だってフォーム』=「僕、○○だから机からお皿を払い落としちゃうんだ。だって、お皿を払い落とすと●●なんだもん。」を使って仮説を立て、対応策を考えてみてください。いかがですか?
仮説1
「僕、苦手なものだけ除けたいけどやり方がわからないんだ。だから机からお皿を払いとしちゃうんだ(〇〇)。だって、そうすれば苦手な食べ物が遠くにいくから食べないですむもん(●●)。」
対応:ランチマット(赤や黄色など、小太郎君が苦手、嫌いというイメージを想起しやすく、注目しやすい色が良い)などに「苦手です」「食べられません」の意味の「✖」を書き、その上に食べられない食材を入れるお皿を置く。
小太郎君は苦手な食べ物を「苦手です」の皿に入れる。お皿に残った食べられる食材を食べる。最初は保育士が小太郎君に「これは食べられるかな?」などと声がけをしてサポートするが、少しずつ小太郎君が自分でできるようにしていく。
仮説2
「僕、苦手な食べ物はスプーンで触るのも嫌なんだよ。苦手な食べ物を取ってもらえばいいけど、『困ったら先生に教えてね、来てほしいときには手をあげてね』って言われても僕、お話ができないし、恥ずかしいから手もあげられないんだよ。苦手なものがお皿にあるのは嫌だから、僕は机からお皿を払い落としちゃうんだ(〇〇)。だって、そしたら苦手な食べ物が入ったお皿が遠くにいくから気持ち悪くなくなるよ(●●)。」
対応:保育士がお皿の食材を見せて小太郎君に食べられるかどうか確認する。または、机の上に「助けて」や「✖」など小太郎君も意味がわかるイラストを貼っておき、苦手な食べ物を取り除いてほしいときは小太郎君がそのイラストを指さすようにする。小太郎君が食べられないと示したものは、先生が皿から取り除く。
発達障害のある子は「嫌」を上手に伝えられないために、自分にできる方法で不快を取り除こうとする(例えば「皿を払い落とす」)ことがあります。そして叱られる。そういう子には「叱られずに「嫌」を伝え、不快を取り除ける方法」を教えてあげましょう。
その時、大事なのは「子どもによくわかる」「子どもが簡単に今できる」「子どもが使いこなせる」方法であることです。
小太郎君はまだ話せないので、嫌いな食材を確認するときも「苦手なのはどれ?」や「食べられなかったら言って」だと答えられないかもしれません。「これは食べられる?」「食べられないものがある?」など、小太郎君がよくわかって答えられる聞き方をします。
答え方も教えます。首を振る、手で✖を作る、または、「×のところに置く」「嫌なものがある時は×印を指す」など、小太郎君が使える方法で「これが嫌」を示せるようにします。
状況によって方法は異なります。仮説をたてて確かめながら「その子がわかって使いこなせる」方法を探してあげてください。
ところで発達障害のある子には、感覚過敏による偏食があることがあります。感覚過敏は、本人以外にはわからない「辛さ」を伴うことが多いです。
敢えて例えるなら「口腔内の過敏があると、例えばフライ衣のパン粉の触感が、画びょうを食べているように感じる」という感じでしょうか。「好き嫌いなく食べる」ことは望ましいことではありますが、発達障害のある子については注意深く検討する必要があります。
さてこのような対応で小太郎君は何を感じるでしょう。
小太郎君は、
「これまではお皿ごと払い落としたから食べるものが無くなっちゃった。でも僕、苦手な食べ物を除けられるようになったから、大丈夫なものは食べられるようになった」
「みんなと一緒に楽しく食べられるよ」
「先生に食べられないものを取り除いて、と言えたよ」
「給食の時、褒められたよ」
と感じます。それは「自分が好き」という感覚を育てます。
また、「先生は僕が苦手なものを取り除く方法がわからなくて困っていることに気づいてくれた」「先生が苦手なものを取り除くのを手伝ってくれる。嬉しい」「先生が助けてくれる」と感じます。それが「人が好き」という感覚を育てるのです。
皆さん、いかがでしたか? 『だから、だってフォーム』の応用について理解が深まったでしょうか。

では次回のケースです。
裕子さん(3歳※)は、自閉症スペクトラムの女の子。朝の会では返事もしますし、絵本の時間に集中して聞くこともできますが、自由遊びの時間になるとフラフラと部屋から出て行ってしまいます。
どこに行ったかわからなくなってしまうと困りますし、他の子はお部屋で遊んでいるので裕子さんもお部屋で遊んでほしいのですが…。
保育士はこの子の状況をどう捉え、どう考え、どう対応したらいいでしょうか?
『だから、だってフォーム』=「私、○○だからお部屋から出て行っちゃうの。だって、お部屋から出て行くと●●なんだもん。」を使って考えてみてください。
※お子さんの名前はすべて仮名です

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