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カノア保育園を続けるために必要なことは?現地で保育者を育てる大切さ 【みんなで作るカノア保育園・その15】

ブラジルのビーチ
2000年、ブラジル北東部にある人口300人の小さな漁村“カノア・ケブラーダ”に保育園を作った鈴木真由美さんのストーリーの15回目。今回は保育園の将来を見据え、創設者の鈴木さんとエヴァさんが取り組んだことを紹介してもらいます。
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海外での保育園運営のために、何が必要か?

カノア保育園を設立する際に、私とエヴァさんが決めていたことがあります。それは、地域の人を養成し保育園を担ってもらうこと。

私もエヴァさんも、いつまでこの場所にいられるか分かりません。当時、私は3年間という期限付きで、保育園の設立のために派遣されていました。

その期間が終われば、日本に戻り日本の保育園で働く。そして、ブラジルで学んだことを日本の保育の中で生かしていきたい。そう考えていました。

エヴァさんもまた、家族がサンパウロにいることもあり、いつまでこの地にいるかは不透明でした。だからこそ、地域の人達と共に立ち上げたこの保育園を、地域の人達の力で継続していってもらいたい。そう強く考えていたのです。

エヴァさんと私は「適任は誰か?」を考え始めました。

「この人なら!」と二人で一致したのが、エヴァさんの助手として働いていたエリアーナでした。

未来の運営者を見出すために「クラス担任」を育てる

いずれ保育園を運営していくときには、先頭に立ってひっぱっていってくれる人が必要です。

その初期段階として、エリアーナにはまず「クラス担任」となってもらおうと考えたのです。

私自身が担任をしていたクラス。私たちは異年齢保育を実施しているため、それぞれのクラスに3~5歳児がいることになります。

エリアーナと私は何度も話し合いをしました。

クラス担任となることに対して前向きだったエリアーナ。それでも、不安を隠すことはできません。

「私にできるだろうか?」

彼女はことあるごとにそんなことをつぶやいていました。

「大丈夫!!」そう力強く背中を押したのは、彼女を育ててくれた祖母のアナーリアさんでした。祈祷師でもあり、村の相談役でもあったアナーリアさん。

そんな彼女を祖母にもつエリアーナは、祖母に背中を押してもらって「がんばるよ!!」力強くそして希望に満ちた目で、そう言ってくれたのです。

それと同時に始めたのは、エヴァさん、エリアーナの助手として働いてくれる人たちを探すことでした。私が助手としてどちらかのクラスに入っても、1人足りません。

さて、だれが良いのだろうか?

私とエヴァさんは村を歩き、子どもたちと過ごす人たちを眺め、声をかけ、話を聞き、そんな日々を過ごしていました。

そして、

「私、あなた達と一緒に働いてみたいんだけど」

そう声をかけてくれた人がいました。

彼女の名前は、フラビアーニ。ちょうど、一人娘が私たちの保育園に通い始めたところでした。

15歳という若さで娘を生み、育てているフラビアーニ。両親から家を追い出され、叔母の家で娘と二人、暮らしていました。中学校を中退していた彼女を受け入れようと決めた私たち。

子育て中の若いお母さんである、フラビアーニ。保育の経験のない彼女でしたが、私とエヴァさんが「希望を託してみよう!」と思った理由は、彼女から感じられた子どものような好奇心と探求心でした。

来月は、実際の保育者の指導方法やクラス担任の育て方について、私たちが重視していた点や工夫した点をご紹介したいと思います。
ブラジルのビーチ


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鈴木真由美(すずき まゆみ)

この記事を書いた人

鈴木真由美(すずき まゆみ)

保育士。ブラジル・カノア保育園 園長。2000年にブラジル北東部にある漁村カノアに渡り保育園の運営を始める。2006年にカノアでの支援を目的にした「光の子どもたちの会」を設立(2015年にNPO法人となる)。現地の地域力向上を目指して活動中。2児の母。
<光の子どもたちの会HP>
http://criancasdeluz.org/quem_somos_nos/quem_somos_jp.html

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