保育業界の垣根を超えたプロジェクト
『あたらしい保育イニシアチブ』は、保育関係者が既存の制度や事業にとらわれず、未来の保育ビジョンを共に描き、喜び合い、議論する場を作っていくことを目的に、2021年6月に立ち上げられたプロジェクト。さまざまな事業者、団体が業界の垣根を超えて参画しています。 初年度の2021年には、3回にわたってオンラインイベントを開催。そして2022年8月、安田講堂を始め、東京大学構内にある3会場で合計14のセッションを実施する大型イベント「あたらしい保育イニシアチブ2022」を開催するに至りました。保育・幼児教育分野の内外から招いた多数のゲストへの関心の高さもあり、当日は600人の来場者と、440人のオンライン視聴者を集めました。
今回はその中から、編集部がピックアップした注目のセッションを中心にレポートします。
>>「あたらしい保育イニシアチブ2022」HP
映画『こどもかいぎ』公開トークセッション
オープニングを飾ったプログラムは、『子どもたちと未来をつくる~映画「こどもかいぎ」公開に寄せて~』。2022年7月に公開された同作品をテーマにしたセッションでは、豪田トモ監督、玉川大学教授の大豆生田啓友先生を始めとするゲストの皆さんによる、熱のこもったトークが展開されました。『こどもかいぎ』は、保育現場で行われる子どもと保育者との“かいぎ”を通した対話に焦点を当てたドキュメンタリー作品。豪田監督は、作品のきっかけの一つとなったエピソードとして「以前滞在していたカナダの人たちのコミュニケーション力の高さに驚いた。現地の保育園で行われていた“サークルタイム”からの積み重ねが、対話力に繋がっているのではと感じた」と言います。大豆生田先生からは、「対話の根幹は、まず子どもの“声”を聞くこと。想いや心をどう“聞き入る”かが大切」という話がありました。議論の展開は心理的安全性などの話題にも及び、気付きの多い有意義なセッションとなりました。
<登壇者>
- 豪田トモ(映画監督)
- 大豆生田啓友(玉川大学 教授)
- 倉掛秀人(千代田せいが保育園 園長)
- 成川宏子(認定NPO法人フローレンス みんなのみらいをつくる保育園東雲園長)
- 駒崎弘樹(認定NPO法人フローレンス 会長)
成田悠輔×西村博之×元文科大臣が語る“幼児教育の未来”
続いては、『Re:Hack〜東大出張SP〜 元文部科学大臣に問う』と題して、いま最も注目の論客として活躍中の成田悠輔さんをMCに、「ひろゆき」こと西村博之さん、元文部科学大臣の柴山昌彦衆議院議員をゲストに迎えたトークライブが行われました。こちらは日経テレ東大学の出張セッションとして、公開収録も兼ねていました。セッションは、リモート教育の現状から日本の教育改革、高等教育の問題点まで幅広く展開されました。幼児教育に関しては、「幼児期の心身の形成が、その後の学びや人格形成に大きな影響を与えるという研究が近年多数ある(柴山議員)」という話から、義務教育化や教育の質に関する議論に展開。「幼児教育の効果に関する研究は結果が出るまで何十年とかかる。その間に社会情勢も変わってしまうので現実的に難しい(成田さん)」といった研究者目線のコメントや、「幼児教育と小学校の指導要領をどう接続するかが課題。架け橋プログラムの実証と協議が進んでいる(柴山議員)」といった現在進んでいるプロジェクトについての話がありました。保育・幼児教育だけでなく、日本の教育という大きな文脈の中で語られたセッションから、さまざまな気付きを得られた関係者も多かったのではないでしょうか。
<登壇者>
- 成田悠輔(イェール大学助教授)
- 西村博之(2ちゃんねる創設者)
- 柴山昌彦(衆議院議員)
「メタバース時代」から探る未来のヒント【#1】
午後の部では、3会場に分かれて各4パートのセッションが同時に開催。計12テーマの濃密な議論が各会場で行われました。まずは1パート目の3つのセッションからピックアップしてお伝えします。保育ブランディングのヒント
『園の経営の真ん中に#ビジョンや#美意識を取り入れよう会議』は、社会福祉法人ChaCha Children & Co.理事長の迫田健太郎さんによる、異業種のプロを招いてのセッション。「保育現場でやっていることを引き算していくと、“伝える”と“暮らし”が残った。伝えるプロ・暮らしの達人と語り合いたい(迫田さん)」という趣旨で開催されました。その中からは、中川政七商店の中川政七さんによる「ブランディングとは、伝えるべきことを整理して正しく伝えること」という話がありました。全国の工芸品と合わせてその工程や成り立ち、工夫が手書きで説明された店舗コーナーが紹介された場面では、「これって遠い世界の話ではなく、保育のドキュメンテーションと同じですよね?」という迫田さんの投げかけには、思わずはっとさせられました。<登壇者>
- 中川政七(株式会社中川政七商店)
- 平田はる香(株式会社わざわざ)
- 迫田健太郎(社会福祉法人ChaCha Children & Co. 理事長)
メタバース時代の保育の姿とは?
『メタバース時代の保育のあり方』は、「メタバースと保育」という、未来の可能性を探る実験的なセッションとなりました。現在の保育現場でのICT導入の現状から、リアルな体験とバーチャルな体験の関係性、「ベテラン保育士の行動データをメタバースに蓄積する」といった活用シーンなど、これから考えられるさまざまな可能性について活発な議論が交わされました。その中では、「個人情報やプライバシー、倫理について考えることが重要になってくる(ジョン・セーヒョンさん)」という問題提起のコメントが印象に残りました。<登壇者>
- ジョン・セーヒョン(oVice株式会社)
- 青木一永(社会福祉法人檸檬会)
- 吉田和弘(Starverse株式会社)
『世界の最新の保育事情から考察する未来の保育像』
●森眞理(神戸親和女子大学)
●齋藤祐善(学校法人 正和学園)
●前田効多郎(社会福祉法人檸檬会)
SDGs×保育の現在地【#2】
続いて2パート目で開催された3つのセッションの中からピックアップしてお伝えします。保育現場でSDGsを実践するには
『「保育におけるSDGs」〜保育現場の本音〜』では、保育現場でも始まってきているSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みをテーマに、実践例の報告を中心としたセッションとなりました。宮崎県の園での実践報告では、海岸でのゴミ拾い活動からの展開として、分別への興味からリサイクルへの関心に繋げる例や、ウミガメの産卵地という地域の魅力との関連付けから、子どもたちの意識が「ウミガメのためにゴミを拾おう」に変わっていった例が紹介されました。「“SDGsのこの項目をやろう”ではなく、“実はこの活動はこの項目に当てはまる”という考え方。保育士は子どもたちのやっていることを理解するために、SDGsについてきちんと知っておいた方が良い(横山さん)」という総括が、保育現場での活動を考える上で参考になると感じました。<登壇者>
- 横山和明(社会福祉法人 協愛福祉会)
- 新保雄希(日本保育協会青年部/泉の台幼稚舎)
- 國原智恵(奈良県民間保育園連盟)
保育者の職務満足度と相関するものは
『保育士の職務満足と保護者満足度の関係性の研究』では、保育者の職務満足度に関する研究結果の報告と議論が展開されました。その中からは、保護者は「保育者に何かをしてもらうこと」に重点は置いておらず「子どもの成長」に重点を置いている一方で、保育者は「保護者との関係性構築」を重視しているという、双方の意識の“ズレ”に関する議論が注目されました。「ズレが無くなることが良いかは分からない。そうなると、サービス提供者・受給者という関係になるため、保護者のニーズに完全に合わせていくことになりかねない(田辺先生)」というコメントには、納得させられる点がありました。<登壇者>
- 野澤祥子(東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター)
- 瀧川光治(大阪総合保育大学)
- 田辺昌吾(四天王寺大学)
- 城戸楓(東京大学 大学院 情報学環)
- 小﨑恭弘(大阪教育大学)
『園のプロモーション・ブランディング』
●大江恵子(社会福祉法人清香会)
●中村章啓((福)柿ノ木会野中こども園)
●菊地政隆(学校法人菊地学園/社会福祉法人桜光会)
●岡田春佳(学校法人菊地学園)
インクルーシブ保育の可能性【#3】
続いて3パート目で開催された3つのセッションの中からピックアップしてお伝えします。保護者と築く“パートナーシップ”とは
『保育者と保護者の新しい関係性「パートナーシップ」』では、園で実施された研究プロジェクトの報告がされました。「保育者が保護者を指導する」という従来の関係性から、「信頼と尊敬を基盤として築かれる、子どもの成長を支援する対等なパートナー」としての関係性に移行していくための課題は何か? 既に海外では保育分野でも取り入れられている「パートナーシップ」に関する知見や、実際に園で使える教材の紹介もあり、とても興味深いセッションとなりました。<登壇者>
- 佐藤朝美(愛知淑徳大学)
- 野澤祥子(東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター)
- 城戸楓(東京大学 大学院 情報学環)
- 山内祐平(東京大学情報学環)
インクルーシブ保育の実践レポート
『なぜ今必要か、どう実践するか「異年齢・インクルーシブ保育」』では、グループ全体でインクルーシブ保育に取り組んでいる「どろんこ会」による、実践例が報告されました。その中からは、重度のダウン症を持つ2歳児のお子さんが入園した時のエピソードが印象に残りました。毎日泣き続けていたその子を、周りの1歳児や3歳児の子が助けてあげるようになり、遂には、その子が年下の子の手を繋いでリードしながら歩くようになったとのこと。「この子に生きる力が身に付いた瞬間」と、安永理事長。インクルーシブ保育の実践で試行錯誤した経験から、「担任制ではできない。さまざまな発達段階の子どもたち同士の関わりを見守れるよう環境設定毎に担当をつける(同)」といった話もあり、非常に学びの多いセッションとなりました。<登壇者>
- 安永愛香(社会福祉法人どろんこ会)
- 荒川直志(社会福祉法人どろんこ会)
- 後藤智巳(守谷どろんこ保育園卒園児の保護者)
- 諸我忠明(どろんこ会グループ)
『保育のIPO』
●中西正文(株式会社KIDS SMILE HOLDINGS)
●西尾義隆(株式会社さくらさくプラス)
●雨田武史(株式会社クオリス)
●村田雅幸(パブリックゲート合同会社)
DXで保育はどう変わる?【#4】
最後に4パート目で開催された3つのセッションの中からピックアップしてお伝えします。注目の新制度はどう活用する?
『新制度「社会福祉連携推進法人」を活用した今後の保育所のあり方』では、タイトルにもある新制度に関して、管轄する厚生労働省から担当者を招いてのセッションとなりました。令和4年度(2022年度)から施行されるに至った背景と制度の説明では、社会福祉法人などが複数参画することで、「多様な取り組みを通じた地域福祉の充実」「災害対応力の強化」「福祉サービスにかかる経営の効率化」「人材の確保・育成」の推進が図れることがポイントとして挙げられました。新しい制度を理解するためのガイダンスとして、参考になる内容でした。<登壇者>
- 岩本博(厚生労働省)
- 齋藤祐善(学校法人 正和学園)
- 前田効多郎(社会福祉法人檸檬会)
DXが保育にもたらすもの
『保育に届けたい新たな価値〜DXの可能性〜』では、保育分野にデジタルトランスフォーメーションをもたらすサービスに取り組んでいる各社によるセッションが展開されました。おむつのサブスクサービスの「手ぶら登園」、保護者に向けて園の魅力を発信するプラットフォーム「えんさがそっ♪」、人事の業務課題を解決する「カオナビ」、集金業務の負担を軽減するキャッシュレス支援サービス「エンペイ」。各担当者がそれぞれの視点から、ICT化やその先までを見据えた保育現場の未来像を語ってくれました。<登壇者>
- 髙岡森生(株式会社カオナビ)
- 土橋一智(社会福祉法人龍美 ハッピードリーム鶴間)
- 福森章太郎(BABY JOB株式会社)
- 森脇潤一(株式会社エンペイ)
『各省庁の子ども施策の動向・課題』
●高木秀人(内閣府)
●藤岡謙一(文部科学省)
●本後健(厚生労働省)
●小山貴好(学校法人常盤学園)
●野澤祥子(東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター)
今後の動向に注目
合わせて14のセッション、のべ50名以上の登壇者が熱い議論を交わした1日。保育業界では他に類を見ない、画期的なイベントとなりました。エンディングでの、充実感溢れるメンバーの皆さんの話を聞いて、「保育業界の未来を方向付ける、大きなきっかけになるかもしれない」という気持ちにさせられました。今後もその動向に注目していきたいと思います。既に始まっている少子化・待機児童数減少トレンドを見据え、“保育園から「地域おやこ園」へ”
<4つのコンセプト>
●自園の子だけでなく、地域の全ての子ども達に開かれた存在に
●限られた子どもだけでなく、誰ひとり取り残さないように
●地域の中にあるだけでなく、自らコミュニティを生み出す装置に
●単体で存在するのではなく、ネットワークを形成するハブに
>>あたらしい保育イニシアチブHP