進化を続ける保育業界横断型プロジェクト
さまざまな事業者、団体が業界の垣根を超えて参画するプロジェクト『あたらしい保育イニシアチブ』は、2021年6月に立ち上げられました。保育関係者が既存の制度や事業の枠にとらわれず、未来の保育ビジョンを共に描き、喜び合い、議論する場を作っていくことを目的に活動しています。 2022年8月には、東京大学構内にある3会場で合計14のセッションを実施する大型リアルイベント「あたらしい保育イニシアチブ2022」を初開催。多くの保育関係者の注目を集めました。そして2023年9月10日、同じく東京大学を舞台に「あたらしい保育イニシアチブ2023」が開催されました。今回は、現役のこども政策トップである担当大臣の講演から、最新のAI技術を使った研究のデモンストレーションまで、前回以上に多様で刺激的なセッションが満載。保育関係者の注目も高く、当日は会場で730人、オンライン配信で240人が参加と大盛況となりました。
今回はその中から、編集部がピックアップした注目のセッションを中心にレポートします。
>>「あたらしい保育イニシアチブ2023」HP
担当大臣が語った保育政策の未来戦略とは
オープニングを飾ったセッションは、『こども未来戦略方針と保育政策』。現役のこども政策トップである小倉將信内閣府特命担当大臣(※当時)による注目の基調講演からスタートしました。前半では、こども家庭庁が取り組んでいる政策の中から特に保育に関連する部分に触れ、待機児童問題が解消に向かいつつある現状を踏まえて「量から質への転換」というキーワードを挙げながら各施策についての説明がありました。配置基準の改善や「こども誰でも通園制度」の創設、DX推進など、保育関係者が注目している施策の現状とスタンスについて知ることができました。後半では、これからの国の少子化対策をメインテーマとして、2023年6月に閣議決定された「こども未来戦略方針」に沿った話がありました。その中では、とりわけ「社会構造を変え、子育てに対する社会の意識を変えることが重要」という点を強調していたのが印象的でした。 続いては、玉川大学教授の大豆生田啓友先生をゲストに招いてのディスカッション。小倉大臣の「こども未来戦略方針」の話を受け、さらに深掘りする内容となりました。社会全体の意識改革に向かう指針の一つとして検討されている「幼児期の育ちの指針(仮称)」や、「こどもまんなか社会」を作っていくために、園が果たしていく役割など、保育関係者にとっては知っておきたいトピックについての話が展開されました。
地域の人たちをどう子育てに巻き込んでいくか?という課題に関連して、「こどもまんなか社会を作っていくことは、地域の中で“園がまんなか社会”になるということ。その大きな転換点だと思っています」と大豆生田先生。2023年は、こども関連政策のまさに転換点とも言える年になっていますが、ますますこれからの動向に注視していく必要があると感じるセッションでした。
<登壇者>
- 小倉將信/内閣府特命担当大臣(こども政策 少子化対策 若者活躍 男女共同参画)、女性活躍担当、共生社会担当、孤独・孤立対策担当 ※イベント開催当時
- 大豆生田啓友/玉川大学 教授
- 大嶽広展/株式会社カタグルマ 代表取締役社長/CEO(モデレーター)
“多くの人たちが関わっていく”子育ての未来像
続いては、『鈴木亜美と見る未来の子育て-専門家と一緒に探るパラダイム-』と題した、三児の母でもある歌手・タレントの鈴木亜美さんをゲストに迎えたセッション。子育ての当事者の目線から、専門家と一緒にその未来像を考える内容となりました。1人目のお子さんの時は、「“お母さんができないといけない”という気持ちから人に頼らずに抱え込んでしまい、子育てが苦しかったですね」と話す鈴木亜美さん。2人目の子どもについて考えたり、ママ友から話を聞いたりする中で、周囲の人に頼って子育てしていくという考えに切り替えることができたとのこと。それに対して、「周囲が協力し合って子育てをすることが人間の進化を促してきたと言われています。むしろ母親だけが抱え込むことの方が不自然。いまの社会はちょっと逆転してしまっています」という、野澤先生の話には納得させられました。
セッションの中では、これからの子育てや保育にとって重要なポイントとして、「情報の共有」「周囲との関係性」「保育者と保護者のパートナーシップ」といったキーワードが挙げられました。子育てをする保護者を支援する立場として、保育者はどんなスタンスで伴走し、どんなことを伝えていけば良いのか? そんな視点から保育者の役割について考えて行ければと思いました。
<登壇者>
- 鈴木亜美/歌手・タレント
- 野澤祥子/東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター 准教授
- 上野公嗣/BABY JOB株式会社 代表取締役 全国小規模保育協議会理事長(モデレーター)
セッションレポート#1
午後の部では、3会場に分かれて各3パートのセッションが同時に開催されました。各会場で行われた白熱した議論の模様をピックアップしてお伝えします。まずは1パート目から。「保育に正解はない」という言葉への提言
『ホイクの虎 -保育と経営のプレゼン大会-』は、公募で選ばれた若手の保育者と保育施設経営者のプレゼンテーションを、ChaCha Childrenの迫田理事長、大豆生田先生、てぃ先生の3名が受け、登壇者と議論をしていくという内容。保育業界に求められる新しい時代のリーダー像に絡めて、「これからは問いに対して答えるだけで良かった時代ではない。自ら問いを立ててアウトプットをし合うことが必要。そんな風土をこの業界に根付かせようという試み(迫田理事長)」という意図から企画されました。今回は2名が登壇しましたが、中でも、「保育に正解はない」という言葉の使われ方を切り口に展開された若手保育者によるプレゼンが特に印象に残りました。現状の保育を正当化するために「保育に正解はない」という言葉を使うことで、物事の本質を考えることから逃げているのではないか?という問いかけには、思わずハッとさせられました。
プレゼンを聞いて保育者の専門性のことが頭に浮かんだという大豆生田先生は、「保育や子ども、人に関わる仕事は『省察的実践(せいさつてきじっせん)』、つまり振り返り対話していくプロセスの中で答えを見つけていく。保育者はそのプロ」とコメント。また、「保育に正解はない」に代わる言葉の考案を提案したてぃ先生はその話を受け、「変えるとしたら、“保育は対話をしなければ正解が見付けられない”なんじゃないですか?」と提案。最初は刺激的な切り口で驚きましたが、保育者が持っておくべきマインドセットや、園が構築すべき職場の風土について本質を突いた議論が引き出された素晴らしいプレゼンでした。
<登壇者>
- 大豆生田啓友/玉川大学 教授
- てぃ先生/現役保育士・育児アドバイザー・YouTuber
- 迫田健太郎/社会福祉法人ChaCha Children & Co. 理事長
- 横⼭春⾹/社会福祉法人 檸檬会 レイモンド川越保育園 主任保育士(プレゼンター)
- ⼭本 園⼦/株式会社granpocke sansui保育園(プレゼンター)
認可保育園の中に児童発達支援事業所をつくった結果は?
『認可保育園の中に児童発達支援事業所をつくってみた。』は、積極的にインクルーシブ保育に取り組んでいる「どろんこ会」によるセッション。既存認可園の用途変更による児童発達支援事業所の併設を、初めて実現するまでの道のりについて報告されました。前例がないことによる行政の指導や発達支援職員と保育士の衝突、他の子どもと比べて「できない」ことに劣等感を感じてしまう保護者など、併設がはじまってからの苦労や乗り越えるまでのエピソードが印象的でした。
これまでの日本の保育・教育では「特別支援学級」や「特別支援学校」のように、障がいの有無によってクラスを「分ける」教育が主流。一方で、2022年9月に国連から「インクルーシブ教育の権利を保障すべき」という勧告がされています。本セッションでも、日本の「分ける」教育の見直しの契機であることを挙げ、壁を隔てるのではなく、時にはケンカもしながら多様性を認め合う経験の重要性が語られました。
<登壇者>
- 安永愛香/社会福祉法人どろんこ会 理事長
- 真島里佳/社会福祉法人どろんこ会 八山田どろんこ保育園 施設長
- 阿久津祐太/社会福祉法人どろんこ会 発達支援つむぎ 八山田ルーム 施設長
- 本後 健/こども家庭庁成育局保育政策課長
- 諸我忠明/どろんこ会グループ マーケティング 本部長 Doronko LABO 所長(モデレーター)
<同時開催セッション> 『日本初!保育の社会福祉連携推進法人誕生。競争から共生へ』
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セッションレポート#2
続いて2パート目で開催された、3つのセッションの中からピックアップしてお伝えします。保育園が「地域おやこ園」になるための課題とは
『保育園から「地域おやこ園」へ 保育園の多機能化』では、2023年4月に発足したこども家庭庁の担当者を交えて、こども施策における国と地域・官と民の今後の取り組みについて考えるセッションとなりました。「子ども食堂」や「こども誰でも通園制度」といった実践例をもとに、地域とのハブとなる役割を担っていく保育園のあり方について議論が交わされました。「保育園が家庭と社会との接点となり、医療や看護、福祉に繋げていく構造を作る。それによって、子育てにおける孤立を未然に防いでいくことが必要」と、認定NPO法人フローレンス会長の駒崎さん。その一方で、保育現場の理解や自治体の協力が必須であることも課題として挙げられていました。
2024年度から導入が本格化する「こども誰でも通園制度」を一つの起点として、地域から必要とされる保育が浸透していくのか、引き続き注目していく必要があると感じました。
<登壇者>
- 本後 健/こども家庭庁成育局保育政策課長
- 森澤恭子/品川区 区長
- 駒崎弘樹/認定NPO法人フローレンス 会長
- 倉石哲也/武庫川女子大学心理・社会福祉学部社会福祉学科教授(学科長)・学生相談センター長(モデレーター)
AIを使った保護者対応シミュレーター開発に注目
『AI時代の保育者・保護者パートナーシップ』では、研究が進む「保育パートナーシップ」に関する報告と、AI技術を活用した最新の取り組みが紹介されました。話題の生成AIを組み込んだ保護者対応シミュレーターのデモンストレーションもあり、最先端の取り組みが垣間見られるセッションとなりました。前半では、保育パートナーシップに関する研究の現在地ということで、主に保護者側の理解についてのアプローチが進められていることが報告されました。続く今後の研究についてのパートでは、保育者が保護者対応のトレーニングをすることができるシミュレーターの開発についての説明と、デモンストレーションがありました。
開発中のものは生成AIとして話題にもなっているChat GPTが組み込まれており、保育者の自由な問いかけに対して、保護者として返答をする仕組みになっています。人格は自由に設定でき、今回のデモでは「発達に少し問題がある子を持つ親。しかし、そのことはあまり言いたくない」という設定がされていました。まだまだ途中段階のデモといった内容でしたが、関心の高さを反映してか、質疑応答では保育関係者からの熱心な質問が飛んでいました。
現時点ではまだクリアすべき課題も多くありそうですが、保護者対応という、なかなか練習を重ねることが難しいスキルを新しい技術で補完していこうという取り組みに興味を惹かれました。今後も動向に注目していきたいと思います。
<登壇者>
- 山内祐平/東京大学大学院情報学環 学環長
- 野澤祥子/東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター 准教授
- 佐藤朝美/愛知淑徳大学 教授
- 上野公嗣/BABY JOB株式会社 代表取締役 全国小規模保育協議会理事長
- 上田乃梨子/BABY JOB株式会社/兵庫大学(非常勤講師)
- 城戸 楓/奈良県立医科大学教育開発センター助教 東京大学大学院情報学環特任助教(モデレーター)
<同時開催セッション> 『世界を変える幼児教育 幼児期のSDGs・ESD/自分ごと化への挑戦!』
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セッションレポート#3
最後に3パート目で開催された3つのセッションの中からピックアップしてお伝えします。どうなる?これからの保育士の働き方
『保育士 未来の働き方』は、現状の厳しい保育士の労働環境を踏まえて、有識者がさまざまな角度から今後の保育士の働き方について考えるセッションとなりました。議論の中では、近年ニュースでも取り上げられている保育士の待遇面の問題について鈴木教授からは、「(賃金を上げる事も大事だが)保育士の人数を増やすことで、ひとり一人の保育士が余裕をもって保育に向き合えるようにすることが重要。そのためには、国は総予算を増やす必要があります。そして保育士という尊い仕事に携っているという事を認識し、働き甲斐を感じて欲しい。」といった指摘がされました。
また株式会社ポピンズの轟社長からは保育士の人材確保についても触れ、週4日勤務での常勤や、子育て・介護と両立した働き方など、選択肢を広げていくことも提言されました。
教育に関わる仕事の尊さや、社会における保育士が果たす役割の重要性を改めて考えさせられるセッションとなりました。
<登壇者>
- 鈴木 寛/東京大学 教授
- 宮里暁美/お茶の水女子大学 特任教授
- 轟 麻衣子/株式会社ポピンズ 代表取締役社長
- 浜田敬子/フリーランス ジャーナリスト(モデレーター)
どうなる?事務作業への生成AI活用
『普及率40%を超えた保育ICTの次の一手とは?』は、保育DXをけん引する大手ベンダー3社(ユニファ・コドモン・千)のトップが一堂に会する注目のトークセッション。冒頭では、3社も参画する「こどもDX推進協会」に関して、保育ICTの普及率が40%を超えたという独自調査の結果や、こども家庭庁に対して今後普及率100%を目指すための提言を行ったという話がありました。保育のICTはどう変わっていくのか?というテーマでは、Chat GPTに代表される生成AI技術の活用に触れ、「業務負荷の軽減は、AIを使うことでもっとできる。今の段階で2、3割の業務軽減というところを、8割まで持っていきたい(土岐社長)」と前向きな姿勢がありつつも、一方では「保育の質やコミュニケーションの希薄化といった点からも、慎重に考えていく必要がある(小池社長)」といった話もありました。この議論を通じて、保育士自身がやるべき業務、注力すべきことについて見つめ直す良いきっかけになると感じました。今後も、このテーマについては注視していきたいと思います。
<登壇者>
- 土岐泰之/ユニファ株式会社 代表取締役CEO
- 小池義則/株式会社コドモン 代表取締役 一般社団法人こどもDX推進協会 代表理事
- 千葉伸明/千株式会社 代表取締役社長
- 岡本拓馬/一般社団法人こどもDX推進協会 事務局長(モデレーター)
<同時開催セッション> 『金融庁衝撃の調査結果!!~世界基準の教育・子育て』
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進化を続けるイベントの今後
今回のイベントでは、合わせて11のセッション、のべ39名の登壇者が保育の未来について語り合いました。他のイベントには無い多様で刺激的なコンテンツで、保育の未来像について考えるきっかけをたくさんもらえた1日でした。今後もその動向に注目し、私たちもメディアパートナーとして、しっかりと皆さんに情報を届けていきたいと思います。
「あたらしい保育イニシアチブ」 既に始まっている少子化・待機児童数減少トレンドを見据え、“保育園から「地域おやこ園」へ” <4つのコンセプト>
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