モンテッソーリ教育の園で子どもが自立する“ひみつ”とは
前回のコラムで、私自身がモンテッソーリ教育の園に就職して驚いたことをお話しました。「ここに私は必要なのか?」と思うほどに、子どもたちが自立して生活している姿を見て、保育士の役割とは何かを考えさせられました。また同時に、「どうしてこんなにも大人の手が必要ないと感じるのだろう?」と考えました。今回のコラムでは、その“ひみつ”に迫ろうと思います。答えは、『環境』にありました!
モンテッソーリ教育の「環境」
モンテッソーリ教育には、『子どもは大人に教えられて育つのではなく、身の回りにある環境に自分から関わることで成長発達していく』という考え方が土台にあります。この概念を説明する“モンテッソーリの三角形”と呼ばれる図が、「子ども」と「大人」と「環境」の三者の関係性を表わしています。
- 子どもは環境と自ら関わることで、自己教育力を発揮して成長発達する
- 大人は環境を用意する、整える
- 大人は子どもに環境を紹介して繋げたり、やり方を示す
例えば、つかまり立ちをする頃、赤ちゃんが過ごす環境につかまれる場所が無かったら、できるようになるのは難しいと思いませんか? だから、つかまり立ちをしたい頃には、それが十分にできる環境を用意するという考え方なのです。
最初から最後まで自分でできるように考えられた「環境」
私がそれまで働いた園や実習に伺った園は、保育室の中が割と広々としていて、机や椅子、おもちゃも使う時だけ出すという方法を取っている園がほとんどでした。一方でモンテッソーリ教育の園は、机や椅子、子どもの背丈に合った棚が整然と配置されています。棚の中には、子どもが自分で選んで活動できるように多くのものが用意されています。モンテッソーリ教育専用に作られた教具だけでなく、発達に応じて手をたくさん使うことのできる活動や、子どもの知的興味を満たせるようなものもあります。用意されているものは、基本的には大人の助けがなくても子どもだけで活動ができるようにセッティングされています。
例えば、幼児クラスで「ハサミ」をやりたいと思ったら、自分でハサミのある場所に行って、トレーの上にハサミと切る紙を選んで乗せて席まで運んでいきます。そして、思う存分ハサミの活動をしたら、袋に入れて持ち帰るなり、紙に貼って作品にするという活動の流れがあります。既にハサミの使い方を習得している場合には、大人の関わりは必要なく、最初から最後まで子どもに任せることができるように環境が用意されているのです。
子どもが主体的に生活できる「環境」づくりのポイント
では、モンテッソーリ教育の環境では具体的にどんな工夫がされているのでしょうか?ひとことで言うと、『子どもサイズ』がポイントです。
保育室でもご家庭でも、子どもが主体的に生活できるお部屋を作りたいなと思ったときは、この点を意識して環境を考えるだけでも大きく変わります。
具体的には、子どもが作業しやすい高さの作業場、子どもの手が届く高さに必要なものを置く、子どもが扱いやすいサイズのものを用意するということです。私が働いていたモンテッソーリ教育の園では、歩き始めた0歳児さんから、食べ終わった食器を自分で片付けるために低いテーブルにトレーを置いて用意していました。
「雑巾」も、子どもが扱いやすい大きさのものをわざわざ作っています。フェイスタオルを4つ折りにしたサイズの20㎝×30㎝が一般的ですが、これだと子どもには大きくて力が入りにくいし、自分で絞れません。モンテッソーリ教育の園で子どもたちのために用意している雑巾は、10㎝×15㎝(園によって多少の違いあり)です。このサイズだと、両手でも片手でも拭きやすく、自分で濡らして絞ることもできます。この雑巾を子どもの手の届く場所に置いておきます。
もちろん、やり方を習得するまではお手伝いが必要ですが、既に習得している子がいれば、その子にやり方を見せてもらったり、お手伝いをお願いしたりすることもありました。
環境が整うと、子どもに任せることの幅が広がる
もう少し深掘りして、食事の場面で考えてみましょう。モンテッソーリの園では、ものを持って歩けるようになったくらいから、順番に子どもに任せる部分を増やしていきます。ここで問題です! これらを可能にするためには、どのような環境が必要だと思いますか?
- 食べ終わったお皿やコップを自分で片付ける
- お茶をコップに注ぐ
- トングで挟めるものをお皿に移す(よそう)
- ご飯やおかずなど、よそってもらったものをそれぞれ席まで運ぶ
- ご飯をよそう
- 汁物(スープ)を注ぐ
- 食事の準備から片付けまで、すべて自分でできる
ぜひ、みなさんも「自分の園だったらこういう感じでできそうだな~」と、考えてみてください。
すべての項目に共通して言えることは、繰り返しになりますが『子どもサイズ』ということです。子どもの背丈に合わせた高さのテーブル(台)、そして子どもが扱いやすいサイズの道具を用意します。ピッチャーもトングもしゃもじもお玉も…。
できたら食事の場面で初めて使う前に、遊びの中に取り入れて、道具の使い方を知っている状態で実践できると理想的です。そのために、モンテッソーリ教育では「日常生活の練習」という活動分野があり、スプーンやトングなどの使い方を練習する機会が用意されているのです。 成長発達に応じて、適切な道具も変わります。「お茶を注ぐ」時、最初は小さなピッチャーに1杯分だけお茶を入れて用意します。ジャーっと全部コップに入れたら完成です。2歳児クラスになると、1杯分で注ぐのを止めることができるように3杯分くらいのお茶が入るピッチャーにステップアップ。
幼児クラスは、500mLくらいのピッチャーを使用して、飲みたい分だけ注ぐようになっていきます。このように、できる動きや手や体のサイズに合わせて使うものを変更していくのもポイントです。
忘れちゃいけない、大人のかかわり(提示)
環境さえ整えれば、後は放っておけば良いという訳ではありません。みそ汁の鍋の隣に急にお玉が置かれても、それがどう使われる道具なのか分からなければ意味がありませんよね。きちんとお玉の使い方を知らせる必要があります。そこで有効な方法が、以前のコラムでも紹介した「やってみせる」という教え方です。やり方を習得するまでは大人の援助が必要ですから、繰り返し「やってみせる」ことで伝えていきます。また同時に、こぼしてしまったときの対処方法も一緒にやりながら子どもに伝えることができます。
最初は任せきりにせず、床に何かこぼれた場合には、他の子の安全を確保するためにもきちんと拭けているか確認するなど、いつもきれいに整った状態を作ることも大事です。そのうえで、「信じて任せる」こともやってみてください。
保育士の役割は「環境」を用意すること
モンテッソーリ教育の園に就職した時、ひたすら小さな雑巾を作る作業をしながら、どうしてこんなことをするのかと疑問に思ったのを今でも覚えています。子どもを信じて任せる、できるを増やすお手伝いは、道具の準備から始まるんです。小さな雑巾づくりも、子どもに合ったサイズの道具を探すのも、実は結構労力のいる仕事…でも、これが大事。
モンテッソーリ教育の園で働いてから、適切な「環境」を用意することが、何より子どもの自立を助けることになるということを学びました。どういう道具があったら子どもが自分でできるかな? どういう環境にしたら、一つでも「できた」を増やすことができるかな? と、日々考えています。そうやって得た、一つでも大人に頼らず自分でできる経験が、子どもの生きる力に繋がると信じています。
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