「自然の中での保育」の原点となった出来事
今の私の取り組みの土台となった体験で、子どもたちに大きな可能性を感じた出来事がありました。それは、遊具も何もないただ草が生えているだけのグラウンドで、
「なにしてあそぶの?」「なんにもないじゃん」
そう言っていた子どもたちが、しばらくすると見事に自分たちの興味を広げ、思い思いに遊び始めた姿でした。
帰る頃には「もっとあそびたかった」と訴えるくらい、遊び込むことができた子どもたち。 それからというもの、子どもたちと様々な場所に出かけて行きました。
原っぱや梅林、どんぐりの樹がたくさんある森や落ち葉が降り積もる斜面などに行き、そこでの子どもたちの興味・好奇心・展開される遊びの豊かさに驚いた日々は、今でも私の中に鮮明に残っています。
自然体験の園内研修
先日、ある園の先生方に「自然の中での子どもたちの体験を、擬似体験できるような研修」を行いました。その園のすぐそばには豊かな森が広がっており、保育でもよく利用するとのこと。その森を利用して研修を行いました。
なかには虫や草花に詳しい先生もましたが、研修の中では植物の形や色・触った感触を味わったり、自然の中で「面白いな、不思議だな」と思うような物を探したり、先生方のアイディア次第で違いが現れるようなアクティビティなどを行いました。
流石に日常的に森を活用しているだけあって、先生方は「わ〜!」「おもしろ〜い」などと口々に言いながら、積極的に自然物に触れて楽しんでいました。
研修を終えた先生の感想は?
最後に一人ひとりに感想を聞くと、「実は虫が苦手だから自然は苦手だと思っていました。でも今日はそれを忘れて楽しむことができました」
「一人で自然探しをすることも楽しかったけど、見つけたものを他の人と分かち合うことで新しい発見ができました」
「いつも来ている場所だけど、普段見えていなかったものがたくさんあるのに気がつきました。次に子どもたちと来るのが楽しみです」
など、私が期待するよりも多くの気づきがあったようで、嬉しく思いました。
自然体験×先生達から感じた可能性
シンプルに目の前の自然を体験している先生方の姿は、自然の知識がなくても、ちょっとしたきっかけがあるだけで視点が変わり「虫や自然の不思議を探す眼」になっていました。普段は見過ごしてしまうような小さな葉っぱや虫、見る角度を変えることで気づく花の形や葉の模様など、その名前を知らなくても楽しめることはたくさんあります。
子どもたちは、こんな風に目の前の自然そのものを、純粋に楽しんでいるのでしょう。
今回の研修を通して、先生方の大きな可能性を感じました。冒頭に書いた子どもたちのように。
大切なのは「分かち合う喜び」
保育園や幼稚園の先生方からよく聞く言葉は「自然に対する知識がないから…」ということ。今回の研修の中で「感じること」「工夫すること」「実際に体験すること」の大切さ。それらの体験が心を動かし、ドキドキ・ワクワクすることにつながるのだ、ということを持ち帰ってもらえたと信じています。
こうした体験には、「これはなんという植物か」などの知識は必要ありません。
かえって知識がない方が、子どもたちと一緒に「なんだろうね。不思議だね」という体験を分かち合えるのではないでしょうか。
レイチェル・カーソン著の「センス・オブ・ワンダー」にも書かれているように、‟神秘さや不思議さに目を見はる感性”(センス・オブ・ワンダー)で、その発見や感動を分かち合う喜びの方が、知識よりもずっと大切だと思っています。
▼一緒に読みたい!おすすめ記事はこちら