時代の変化
保育・教育だけでなく、大きく時代が転換している過渡期の今。西暦2000年頃から世界が大きく変わり始め、今では大企業も言われたことを忠実にできる人よりも、自ら考え行動できる人を求めているようです。価値観も変化し始め、車や家などを自分で所有するよりもみんなでシェアすることに価値をおくようになってきました。
物質的な満足よりも、人と分かち合う喜びや体験する楽しさなどの質的な満足へと人の興味が変化しています。
こうした時代の中で保育・教育も転換せざるを得ない状況になってきた一つが「子ども主体の保育」や「主体的・対話的で深い学び」の実践です。時代の変化と共に保育・教育も変わっていく必要に迫られているといったところです。
価値観が変わった体験
私も、自分自身の保育の価値観が変わった体験がいくつかあります。以前にも書きましたが、私が一生懸命考えた活動では子どもたちはすぐ飽きてしまい、一方で自然の中で自由に過ごした時は、子どもたちが生き生きと自ら考えて遊びを作り出す姿が見られ、子どもの可能性に触れたという体験をした時。
カナダの保育所でのサークルタイム(朝の会)で、子どもたちと保育者が対等に話をしている場面を見た時、それまで1対多という構図しか知らなかった私の衝撃。目の前で穏やかに対話している姿に感動した体験でした。
ある青空保育の活動で、3歳の子どもたちが落ち葉のふかふかを感じながら「ぷかぷかしてるね」と嬉しそうに話していた穏やかな様子を見た時。
それまで持っていた私の子ども像がガラッと変わった出来事でした。
子どもたちには持って生まれた力があり、それを表現する機会としての保育をしていこうと、私の保育観が変わりました。
手法から質への転換
昔から行われている保育の手法は「子どものため」と、何かができるように練習したり、知識を教えたり、保育者が用意をしたもの・ことを子どもたちにインプットさせるというものでした。今は、それを”質”へと転換させる時です。
何かを体験する機会として、保育者が様々なもの・ことを用意し、そこに子どもたちがどう関わっていくかを見て取ることが大切。
そこでどのような表情をして、何を呟いて、どんな体験になっているのか?
その姿を保育者が肯定的な眼差しで寄り添っていることが、質の高い保育と言えるではないかと考えるようになりました。
昔の私の保育を知っている人は驚くかもしれません。怒ってばかりで子どもたちに「おこりんぼ先生」と言われていたのですから。
何をするか? 何を教えるか? というのが従来の保育でした。
今求められていることは、子どもたちの姿を観察し、その体験からどんな成長を促すことができるのか? を考える保育への転換。
それは、子どもたちの素晴らしさに感動することから始まるように思います。
自然も人も変化し続けている
自然体験の捉え方も変化している私です。自然に触れると自然の神秘と美しさ、不思議さ、面白さを感じます。
自然を深く体験すればするほど、「自然を利用する」という人間本意の考えは出て来なくなり、森に入る時「お邪魔します」という気持ちすら生まれてきます。
気候危機を生み出してしまった今までの”人間本意なあり方”から、人間も自然の一部として共に生きていく”謙虚なあり方”へとシフトすることが大切な時代です。
子どもたちの体験も「自然を利用して何をするか?」という活動から、「自分も自然の一部として感じられる体験」へとシフトしていくことが大切だと思っています。
自然は常に変化し続けています。私たち人間も自然の一部だとしたら、意識を変化・アップデートさせていくことは、自然なことなのかもしれません。