制度創設で役職が作られた背景
今回のテーマは、『保育士等キャリアアップ研修制度で新設された役職の役割』です。キャリアパスの面を中心にお話を伺いますが、まずは創設時に「職務分野別リーダー」「専門リーダー」「副主任保育士」という3つの役職が設定された背景を教えていただけますか。
[中略]よく「環境づくり」と言いますが、机が置いてある、おもちゃが置いてあることだけが環境じゃないんです。「どういう“本当の文化”があるのか」ということが大事で、園に無ければ、「ちょっとカレー屋さんに見に行こう」とかね。そんな形で本物と触れさせてあげると。
でもね、園の中でこういうことを「私が中心になってやります」という人が居るか居ないかでその辺って全然違ってくるんです。本人の自己実現という点からも、目標が具体的に目の前にあるのと無いのとでは、やっぱり働き方も違うじゃないですか。
そういう意味でキャリアのパス、「道」を作っていくということがテーマになった訳です。処遇改善をするために研修を行うことと、それを受けたらキャリアパスが上がると。それをくっつけてやろうというのが、保育士等キャリアアップ研修制度なんです。
[中略]
だから園にはね、「保育士」という名称の人たちだけが居るよりは、保育士だけど、同時に○○を専門的にやりたいと思っている「○○専門保育士」が居ても良い訳ですよね。
遊びについて徹底して研究している「あそび専門保育士」とか、子どもの発達障害を勉強してきた「障がい児専門保育士」とか。そういう専門保育士がうちにはいろいろ居て、「保育士」しか無いという人はできるだけ減らしているんだと。そういう運営をしていただければというのが、狙いとしてありますね。
そうすると、園の質もぐんと上がりますよね。
働いている人も面白くなる。かなり専門的なレベルで行われるようになると、「やっぱり保育って専門職だな」となっていくと思うんです。だから、そういうことの中心になっていただきたいというのが、職能別のさまざまな研修にした一つの理由になっています。新しい役職の具体的な役割
キャリアアップ研修を受けた皆さんから、「具体的に私たちは何をしたら良いんだろう?」という戸惑いの声もあるようです。どんなことに取り組んでいけば良いでしょうか。
キャリアアップ研修の要綱では、「副主任という資格を取ってください」と言っていても、“副主任が何をするか”ということは書いていないんです。[中略]
副主任って、園の中で主任さんが居て園長が居て、下に分野別のリーダーが居て、その合間にある中間管理職ですよね。その中間管理職は何をしなきゃいけないか?ということについては、「それぞれの園で決めてください」としか書いていない。だから、その趣旨を汲んで各園の中で必ずちょっとした規程を作ると。「副主任は、次のような仕事をする」ということを第1条に書いて、第2条にその中身という形ですね。
例えば、乳児クラスで毎日、「今日こんな面白いことあってね」ということを子どもが午睡中に少しでも語り合う。これは義務にして良いくらいに思っているんだけど、イタリアのレッジョ・エミリアでは、そうやって語り合うことを「ドキュメンテーション」と言っているんです。[中略]子どもをしっかりと観察して、その中で見付けたこと、見えたことを語り合って議論し合うこと。それがドキュメンテーションなんですね。
保育者が本当に力量を上げていくためには、自分が接した午前中の子どもたちの中から一番感じたこと、「何であの子はあんなことをしたがるのか?」とか、「どろんこになることが分かっているけど、必ずあそこに飛び込んで行きたいんだよね」、「観察したら多分こうじゃないかなと思ったんだけど」、「『やめて』って言うのを止めたら、自由にいろいろし始めて、自分で自分のことに付けるようになってきたと思う」、「やっぱり子どもって信じて見守った方が良いんだよね」といったことを語り合う時間を必ず毎日持ってほしい訳です。 その時にリードをするのが乳児保育のリーダー。幼児の場合は幼児で議論して、そのリーダーで。しかし今度は、乳児クラスと幼児クラスはお互いに情報交換していないと。園によっては、「今日こんな面白いことがありました」ということをクラスに置いてあるパソコンで全員が読めるようにしているところもあります。そうすると、エピソードを読めるでしょ。「○○ちゃん面白いことしたわ」。すると、全然違う担任の方でも「○○ちゃん今日こんなことしたんだって。先生喜んでたわよ」なんて言うと、子どもは嬉しいじゃないですか。そういう情報の共有は小さな職場では絶対必要なんだけど、忙しい中でなかなかそうもできない。
だとしたら、副主任のところだと。幼児のリーダー、乳児のリーダーが1日に1回集まって、それぞれどういうことを今日議論し合ったのかを副主任に共有していく。副主任はそういう情報の中で、「これは主任と園長に伝えた方が良いな」ということをちゃんと伝えていく訳です。
[中略]
そういう園の中での役割分担を上手に決めていく訳です。情報をできるだけ共有できるシステムにしていかなきゃいけないけど、そのためにうちの園ではどういうやり方が良いのか? という風に話し合う。せっかく位階・キャリアパスの制度が出来たんだったら、それにふさわしい仕事の内容をそれぞれの園できちんと議論し、決めて動き出してみる。都合が悪かったら変えてみると。
そういうことが上手くできていると、職員会議の時に全部報告しなくても、「この間のことなんですけどもね」って言った時にはもうみんな知っている。そういう風にしていった方が僕は良いと思っています。
[中略]
「主任が何をやるか?」というのは、園ごとにやっぱり違うと思うんです。だから、「うちの園ではこれが主任の仕事」とか「職員の早番・遅番の希望を聞きながら、何曜日は誰が早番かを決める」とか。これは大変な仕事なんですよね。「その仕事は全体のクラスを掴んでいないといけないから主任さんにしてもらおう」とか、そういうことをちゃんと決めておくと。「でも主任が全部やると大変だから、これは副主任がやる」ということもあります。
こうしていくと、一番下にヒラの保育士さん・調理員さんが居て、その次は各分野別のリーダーだと。「うちではこれだけの分野別リーダーが居る」とかね。「保護者対応はこの人」「障がい児保育は3人ぐらい居る」とか。その上に副主任・専門リーダーが居て、その上に主任・園長が居ると。こういうヒエラルキーが非常に見えやすく作られますよね。
今まであった既存の「主任」「園長」という役職とどう違うんだろう?と思いながら聞いていましたが、実はそこも含めて全部ということなんですね。
一つだけ決めてもだめなんですよ。分担ですから。園で、「この役職の方はこういうことをしよう」って話し合うことがとても大事なんですね。
そうですね。[後略]
汐見稔幸(しおみ としゆき)
一般社団法人家族・保育デザイン研究所 代表理事
東京大学名誉教授・白梅学園大学名誉学長・全国保育士養成協議会会長・日本保育学会理事(前会長)
専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。自身も3人の子どもの育児を経験。保育者による本音の交流雑誌『エデュカーレ』編集長でもある。持続可能性をキーワードとする保育者のための学びの場「ぐうたら村」村長。NHK E-テレ「すくすく子育て」など出演中。
<著書>
・『新時代の保育のキーワード 乳幼児の学びを未来につなぐ12講』2024年(小学館)
・『見直そう!0・1・2歳児保育 教えて!汐見先生 マンガでわかる「保育の今、これから」』2023年(Gakken)
・『汐見先生と考える こども理解を深める保育のアセスメント』2023年(中央法規出版)
・『子どもの「じんけん」まるわかり』2021年(ぎょうせい)
・『教えから学びへ』2021年(河出書房新社)
・『今、もっとも必要な これからのこども・子育て支援』2021年(風鳴舎)
・『エール イヤイヤ期のママへ』2021年(主婦の友社)
・『エール プレ思春期のママへ』2021年(主婦の友社)
・『保育者のためのコミュニケーション・トレーニングBOOK』2019年(ぎょうせい)
・『0・1・2歳児からのていねいな保育』 全3巻 2018年(フレーベル館)
・『汐見稔幸 こども・保育・人間』2018年(学研)
・『「天才」は学校で育たない』2017年(ポプラ社)
・『人生を豊かにする学び方』2017年(筑摩書房)
・『さあ、子どもたちの「未来」を話しませんか』2017年(小学館)、ほか多数。