今回は、一斉保育を行う中でもできる子どもの主体性の引き出し方を伺いました。「一斉保育だから子ども主体の保育はできない」と諦めている保育士さんもいるかもしれません。宮里先生によると「一斉保育でも子ども主体は必ずできる」とのこと。その言葉の意味を探っていきます。
「子どもの活動に惚れ込む保育」を

一斉保育の中で子どもの主体性を引き出すのはむずかしい、と感じている先生も多くいらっしゃると思います。一斉での活動の中で主体性を引き出すにはどうしたら良いでしょうか。
私は、一斉保育の中でも「子ども主体の保育」はできるはずだと思っています。子どもたちは楽しんでいるとき、“一斉保育”だとか“自由保育”だとか思っていないんですよね。ただただ、楽しんでいるに過ぎないはずです。そこで私が好きな一斉保育は、「多様な動きを想定した投げかけをする保育」。お茶の水女子大学こども園では、アートの先生が来て活動を提案してくれるときがあるのですが、そこでこんなおもしろい事例がありました。
2歳児クラスで、お花紙に水をかけて粘土のようにして遊ぶ活動を行ったときのことです。先生は、活動に入る前にまずお花紙で遊ぶんです。ふわっとあげてみたり、ビリビリにしてみたりして遊ぶ。「これをしなさい」という指示はないので、みんなおもしろがって自分の思うように遊び始めます。

そうしているうちに、「水を入れてみよう」と言うと、みんな「やってみたい!」と言って活動に入っていくんです。先生が「どうぞ」と言うまでやってはいけないなんてことはありません。
子どもたちが興味を持ち「やってみたい」「やれそうだ」と思うものを子どもたちに渡してしまえば、あとはもう子どもたちが自分の力でやるのでどれもありなんですよ。そうすると、子どもによってやることが違うので、そこに発見があっておもしろい。
外側から見たらみんなで一緒に遊んだ「一斉保育」ですが、子ども側の気持ちに立ってみると自分の思うままに遊んでいます。
みんな同じ活動をしているけれど、子どもたちの興味や関心を尊重して活動していますね。
活動の手順を言って、先生が「どうぞ」と言うまで子どもは動いちゃいけなくて、勝手なことをすると怒られて、ゴールまでを示す、というのはもったいない一斉保育だと思います。どれだけ多様な子どもの動きを想定できるかや、さまざまな取り組みをイメージして場面を考えることで、楽しい一斉保育になってくるはずですよ。
ただただ「一斉保育は良くない」と言って、子どもにすべてを任せているのが「子ども主体の保育」なのかと言うと、そうではないと思います。
子どもの遊びが豊かになるような経験の積み重ねがないと、ただ時間が過ぎるだけの保育になってしまいます。
「子ども主体の保育」というよりは、「子どものしたことに惚れ込む保育」「子どもの力に驚く保育」と考えれば、形態は一斉でも自由でもどちらでもよくなっていくはずです。
一斉保育という言葉にマイナスのイメージを持ちすぎない方がいいですね。
そうですね。私たちの中には、一斉保育に対して漠然とした負のイメージがありますよね。そうではなく、最初から最後まで保育者が描いたことを子どもたちにやらせる、というのが間違った一斉保育の考え方であり、何かを子どもたちに投げかけたり、やってみようと誘ったりすることは大切なことだと思います。安全確保=子ども主体

国立大学法人お茶の水女子大学 人間発達教育科学研究所教授 兼 文京区お茶の水女子大学こども園 園長。
子どもの姿に「耳をすますこと、目をこらすこと」を心がけ、30年以上、保育の現場や保育者養成に従事。2016年4月より現職。著書・監修に『子どもたちの四季』(主婦の友社)、『0-5歳児子どもの「やりたい!」が発揮される保育環境』(学研)など。3児の母。
多くの保育士さんたちが悩む「子どもの安全確保」と「主体性を見守る」ことのバランス。どうすれば上手く両方を取り入れられますか?
たまに、子どもが走っているだけでも「転ぶから危ない!」という保育者がいますが、どうなんでしょうか。転んだときに困らない状況を整えて、子どもたちの行動を見守りたいと思います。安全であるということと、主体的であるということは、対立的ではなくイコール。子どもが自分の意思で動いているときは、実は逆に安全なことも多いんですよ。
子どもたちは大人が思うほど無鉄砲でなく、慎重で落ち着いていて、それと同時にのびやかに身体を動かしています。ところが、普段の生活で指示が多く子どもが自分で考えて行動することが少ないと、「自由にしていいよ」と声をかけると破壊的で危険な遊び方をしたという例を聞いたことがありました。
それは今まで抑圧されていたものが自由になったことによる解放感で、行為が爆発している状態なのでとても危険です。
でも、普段から子どもたちの意思を尊重し、やりたいことにゆっくり取り組めるようにしていると、破壊的な行動はあまり出てきません。気を付けてほしいことがあっても、保育者が「そこは気を付けてね」と声をかけるくらいで大丈夫になります。子どもたち自身で加減が分かってきます。

子どもの主体性を大切にすると危険が起きる、という認識は少し違うのですね。
これは、平成元年(1989年)に幼稚園教育要領が改訂されたとき、それまで指導性の強い教育から環境による教育に変化して起こった現象でもあります。すべてを指示していた園では、子どもが荒れ果ててしまいました。でも、子どもの気持ちを大事にしてきた園ではなんの混乱も起こらなかったのです。
実は、子どもに任せたときに危険が起こるのは、子どもを大事にした保育を重ねてこなかったということが原因になっている場合もあります。
主体性というのは、やりたい放題ではありません。やりたいことが実現できることなのだと思います。
一斉保育の意味を改めて捉え直すことで、子ども主体の保育は実践できるということが分かりました。また、安全確保にも子どもの主体性が深く関わっているというお話には考えさせられましたね。次回は最終回。平成30年(2018年)に施行された、新たな保育所保育士指針の内容を紐解きながら、そこに書かれたことの重要性を伺います。
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触れて感じて人とかかわる 思いをつなぐ 保育の環境構成
宮里暁美=編著/文京区立お茶の水女子大学こども園=著
定価:2,420円(税込)
発行:中央法規(2020年3月1日)

子ども主体の環境がわかる!
小さなスペースでもできる、遊びと生活にあわせた工夫が満載!
保育現場の環境構成は、物的環境と人的環境に加えて、そこでなされる保育に活かされてこそ意味があり、絶えず環境を検証していく視点も欠かせません。環境に子どもをただ当てはめるのではなく、子どもの動きや思いを形にするために環境を整えていく必要があります。本書では、そうした環境整備に対する発想の転換・実践をするためのヒントを、豊富な事例をもとに提案します。
【3冊同時刊行!】
- 0・1歳児クラス編 触れて感じて人とかかわる
- 2・3歳児クラス編 遊んで感じて自分らしく
- 4・5歳児クラス編 遊びを広げて学びに変える

