公園での出来事
先日、3〜5歳児の子どもたちと池がある公園へ行った時のことです。4〜5歳児の子どもたちは、池の際にある大きな岩と岩の間を跳び越える遊びをし始めました。
その岩と岩の間は、優に60cmはありました。少しだけ高さの違いがあり、高い方から低い方へはこれまでも何度か跳んでいるとの事です。
この日は、低い方から高い方へ跳ぶ、逆方向への新たなチャレンジを始めたのです。
4歳児&5歳児のチャレンジ
まずは、運動神経抜群の4歳児のAくんが、「おれ、やってみる!」
そう言って意を決して跳ぶと、意外にも軽々とクリア。 跳んだ本人も、見守っていた他の子どもたちも「おぉ〜!」と思わず唸りました。
これを機に、他の子も次々とチャレンジをし始めました。5歳児のBちゃんはあまりためらわずに、あっさりとチャレンジし、楽々跳べたことに、本人も嬉しそう。
それを見た5歳児のCくん。
「つぎは、ぼくいく!」
見ている方にもドキドキが伝わってくるほど。 「せ〜の…あ〜だめだ、せ〜のせ〜で…あ〜やっぱりむりだ〜。」
しばらくためらい、他の子は見守りながらもやんややんやとエールを送っている中で、
「ぼくやっぱり、あっちからいってみる」
そう言って以前にもチャレンジしたことのある簡単な方へのチャレンジに切り替えました。 そして、そちらから軽く跳べたので「やった〜!とべた〜!」と喜んでいたCくんでした。
保護者や保育者はどう見守る?
こういう場面でよくあるのは、見ていた大人が「え〜そっちから跳ぶの?Cくんもこっちから跳んでみなよ〜」と、声を掛けることです。これは、お父さんが我が子をけしかける場面としてよく見かけます。
でも、この時の周りの子どもたちは、自分のチャレンジに頭がいっぱいなので、そのことをなんとも思っていません。「チャレンジしない選択」が自然に受け入れられていました。
3歳児のチャレンジ
次に3歳児の男の子Dくんは、簡単な方も跳んだことがないとのこと。4〜5歳児が跳んでいるのを見て、自分もチャレンジしたくなったのでしょう。Dくんは「こわいよ〜とべないかも」などと半べそをかきながら岩の上に佇んでいました。
跳んだことのある子どもたちは「こうやってとぶんだよ!」「こっちからならかんたんだよ。ほらっ!」と跳んで見せてくれましたが、本人はなかなか覚悟が決まらない…。
次々に跳んで見せてくれる子どもたちを横目に見ながら、
「ワン・ツー・スリー…ダメだ…」
「ワン・ツー・スリー…」
と、何度か自分で勢いをつけているものの、なかなか覚悟が決まらないようです。
保育者はどう見守った?
大人たちは「無理しなくてもいいんだよ〜」と声をかけてみるものの、本人は「だって、とびたいんだも〜ん」と涙を拭っていました。
4〜5歳児が難しい方のチャレンジをし始めたその時、なかなか覚悟が決まらなかったDくんは、
「ちょっとまって!ぼくとぶから!…・ワン・ツー・スリー!」と、その掛け声と共にピョン! と跳ぶことができました! 一部始終を見ていた私や他の大人たちは、
「わ〜!!やった〜!」と歓声を挙げましたが、本人はそんなことよりもその掴んだ感覚を味わっているかのように、
「ワン・ツー・スリー!」ピョン!「ワン・ツー・スリー!」ピョン! と、何度も繰り返して跳んでいました。
子どもがチャレンジを「自分で選ぶ」大切さとは?
この時見られた子どもの姿は、「自分で選んでチャレンジをしている」という姿です。- 5歳児のCくんは、難しい方のチャレンジをやめ、簡単な方でその時は満足していました。
- 3歳児のDくんは、怖いけれど、自分のタイミングで“自分で跳ぶ”という体験ができました。
子どもは、自分の力を知っています。もしこの時、大人が「池に落ちるからやめておこう」と声を掛けていたら、自分でチャレンジする自由もやめる自由もなく、“ルールとして”チャレンジする体験はできませんでした。
もしも大人が手伝っていたら?
もし大人が落ちないように手伝っていたらどうでしょう。“自分で跳べた”という自信につながるような体験は得られなかったでしょう。子どもたちも池には落ちたくないので、自分の力を見極めて判断しているように見えます。もちろん、そんな風に分析をしている訳ではありません。
「なんか無理そう」とか「なんか跳べそう」という感覚的なところで判断できるようになるのは、それまでにどれだけ自分の体を使った動きを体験しているかによります。
中には無謀なチャレンジをする子どももいますが、そういう子どもは自然の中での遊びの体験が乏しい子が多いように思います。乳児期から様々な体験をすることで、自然に自分を守る力が備わってくると考えています。
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