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導く?見守る?子どもたちの体験を豊かにするベストな方法とは

草を触る子ども
自然の中での保育を専門にしている野村直子さんによる、「子ども」と「自然」をテーマにした連載。今回は、子どもたちが一つの出来事から得る体験を豊かにする方法についての考察です。
先日、ある保育園の園長先生からこんな話を聞きました。

保育園で飼っていた3羽のニワトリがイタチか何かの動物に襲われ、園庭に羽が散乱し、その動物の糞がたくさん落ちていたそうです。
3匹の鶏

4〜5歳児の複合クラスで「ニワトリがいなかった!」と気づいた子がいたことから、「イタチにたべられたんだよ!」「イタチってどんなどうぶつ?」などと、子どもたちの話はニワトリ小屋の様子から、イタチについてまで広がっていったようでした。

中には、「はねがいっぱいおちていたよ。これくらい。」と言いながら、その時折り紙で切り紙をしていた子が、そこから出たゴミをかき集め、両手に乗せて見せていたそうです。

この話を聞いて、私は子どもたちが“命”について深い体験をするチャンスだと思いました。

このような時、保育者がどんな言葉を掛けるか、子どもたちの姿をどのように捉えているかで、その子どもたちの体験を深められるかどうかが決まってきます。保育者の視点や関わりが大きく影響するのです。

この出来事を世間話のように、「そうそう、ニワトリ食べられちゃったのかもね」と普通に受け答えするだけでは、“命の体験”には繋がりません。

『ニワトリの死』という出来事から、“死”を体験的に知る機会になり、“悲しみ”や“慈しみ”などの感情を体験するかもしれません。

『イタチがニワトリを食べた』ということから、動物が何を食べて生きているのか…という探究心へと繋がる可能性もあります。

『ニワトリがかわいそう』という想いと、『ニワトリを大切に育てよう』という使命感が出てきて、どうしたらイタチからニワトリを守ることができるかを考える機会になるかもしれません。

この一つの出来事を通して、生き物の命の“生”と“死”が子どもたち一人ひとりの違った体験になる可能性があります。



このような時、大人が陥りやすいのは、“子どもたちの体験の道筋を考える”ということです。

それは、子どもたちの多様な心の動きを捉えるのではなく、何か一つの答えへと導いてしまうような関わりとなります。

例えば、“ニワトリのためにお墓を作りましょう”とか、“イタチが何を食べているのか調べましょう”など、“やること”に繋げてしまうのです。

心の動きを次の行動へと繋げるのは子どもたちです。大人が誘導することで、子どもの体験が限定的になってしまうことがあります。

子ども一人ひとりが自分の心の動きを表現する方法は、無限にあります。保育者がどんな反応をし、どんな言葉を掛けるかで、その後の子どもたちの姿が変わってくることがあります。何か一つの出来事が起きた時、保育者が何を大切にして保育をしているかというあり方が現れてきます。

一つの出来事を“どんな体験の機会とするか”、子どもたち一人ひとりの心の動きを見守ることで、深い体験へと繋がるのです。

>>「いのちの体験」が子どもの成長にとって大切な理由とは
>>準備できない教材!子どもが自然の大きさを体感する機会
野村直子

この記事を書いた人

野村直子

「子ども」と「自然」をキーワードに国内外での保育と自然体験活動などの経験を重ね、 “森のようちえん”という自然保育の活動に関わる。小規模保育室園長を経て、現在は新しい視点で子育ての質を伝えて行くため『new education LittleTree』代表として研修事業をメインに活動中。
<ホームページ>
https://www.new-edulittletree.com/

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