心配な家族
カノア保育園がオープンし、初めて通ってくれた子どもの中にウェルトンという男の子がいました。ウェルトンの一家は、私がエヴァさん(保育園を一緒に立ち上げたブラジル人女性)と住んでいた家の隣に住んでいました。保育園を立ち上げる前、エヴァさんの家に近所のお母さんたちが集まっていると、ウェルトンの母親はいつも遠巻きに中をのぞいていたり、わざとその時間に庭の掃除をしたり…。話に入りたいのかな?と思わせるような行動をしていました。
それと同時に隣の家だけに、ウェルトンの一家は父親がとても強く、家を支配している…ということも私たちは知っていました。家の中では父親による暴力が毎日のように行われており、母親も明らかにDV(家庭内暴力)を受けている様子でした。
しかし、ウェルトンの母親にそれとなくその話をしても、
「そんなことはない!」
と、声を荒げて怒ってしまうばかり。なかなか家の中にいる子どもたちの様子を見ることはできませんでした。
保育園に通うようになったきっかけ
この家庭には、5人の子どもがいました。一番上の長女は、母親と一緒に家のことをすべて行っていました。弟たちの世話も任されていて、週末になると長女が小さな弟たちを連れて海に行く姿を見かけました。また、平日は朝晩2回、長女は母親と一緒に薪を拾いに砂丘を登っていました。この家には長女のすぐ下に2人の弟、そしてその下にウェルトン、ウェルトンの下にも小さな弟が一人いました。彼らはまだ10代前半(2000年当時)にも関わらず、学校には行かずに父親と一緒に漁に出ていました。
ある日、夕暮れの海を眺めながら長女と話していた私は、こんな一言を聞きました。
「保育園ができたら、弟のウェルトンは通ってもいいの?」
「もちろん!」
そして彼女は両親に相談することなく、弟を保育園に通わせることに決めたのです。彼女は毎日、ウェルトンを連れてカノア保育園にやって来ました。まだ小さい下の弟を抱いて。
ところがある日、ウェルトンは来なくなってしまいました。父親にウェルトンが保育園に通っていることを気づかれてしまったのです。
エヴァさんと私はウェルトンの家に行き、両親を説得しようとしました。しかし母親は泣きじゃくるばかりで、父親は話も聞いてくれない状態。ウェルトンを連れてきてくれていた長女は、ずっと下を向いたままでした。
ウェルトンの父親の言葉
それから数日が経ち、私が家に帰るために歩いていると、ウェルトンの父親に呼び止められました。怖いと思っていた父親は、「少し話してもいいか?」と私に聞き、その場に座り込んだのです。「息子はまだ、受け入れてもらえるのか?」
「もちろんです…!」
その心境の変化が何だったのかは、分かりません。それ以降も、家庭内暴力は続いていたし、母親にはいつも笑顔はありませんでした。それでもカノア保育園に通ってくれたウェルトンは、笑顔の素敵な活発な男の子で、とても賢く頼りがいのある人に成長していきました。
ウェルトンはいま、家族みんなで別の海岸の村に移り住んでいます。彼が卒園してからも私たちは交流を続けていて、ときどき会いに行っています。そこで見る一家は、みんなで助け合う笑顔溢れる家族なのです。
その中心にはいつも、ウェルトンがいます。
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