保育と教育
現在の保育のあり方について、どう感じますか?
保育という言葉は、乳幼児限定で使われることが多いでしょ。私は、「保育」は「教育」に近寄りすぎてはいけないと考えたりするんですよね。現在は特に。小学校へ行くための予備校にしないで欲しいなって。
そのように考えるようになったきっかけはありますか?
やはり、幼稚園の現場で、おこがましいけれど専門家として子どもと直接向き合った時です。ある日、父母会で若いお母さんからこういわれました。「幼稚園に行くの、ボクは仕事だと思ってる。今朝、子どもと幼稚園に歩いてくるとき、うちの子がそう言いました」
忘れられない、何とも言えない口調でしたよ。私はまいっちゃったの。
だって、今からもう仕事しているんだとすると、その子の一生は仕事だけになってしまうでしょ? たぶん小学校はもっと仕事。中学校で義務教育は終わるから、中学でもっともっと仕事。高校は大学入試と予備校通いのダブルスクール。大学だとか、専門学校は今じゃ仕事の準備という感じですよね。
じゃあどこで、人間らしい面白いヒトになるのかしら? 幼稚園にママと歩いてくる坊やをそんなレールの上にもう自分は乗せているのかしら、とショックでした。
大人は子どもの成長を待つ
では、久保さんが考える保育者とは、どのような人でしょうか。
そうですね、日本国憲法には「国民には教育を受ける権利がある」と書いてありますが、現実には義務でしょ。義務教育って言いますもんね。なんだか勉強は義務だとそう思って暮らしちゃった、自分だって。だから私は、保育者は昔の人がことわざにしたように、子どもの「遊びをせむとや生まれけむ」というあるがままの権利を、厳密に注意深く守らなければと思っています。
というと、どのような人ですか?
四の五の言わずに、「成長を待っていてくれる人」がいい。区別も差別もなしに。ひとり一人の成長を楽しみに、比べないで待ってくれる保育者が理想でしょうか?
その通りです。せめて、生まれてから5年間ぐらいは、そういうことを大事にしてと申し上げたいです。保育って、みんなで子どもを育てるんですよね。職業的な保育士だけが、子どもというものの本質を理解しているかというとそうではない。専門家とはいえ、一日中忙しすぎちゃって、よくわかっていることもあるけれど、うっかり忘れていることも多い。やっぱり子ども自身と親と、老人とね。みんなで自然なままを大事にしようとする努力をと、私は強調したいです。それには話し合いがとっても大事かな。
そうですね。ついよく考えずに口を出してしまいがちですが、子どもの持っている本来の力を大切にしたいですね。
現場ではどうしても、教育カリキュラムみたいなものに影響されがちですよね。でも、子どもたちはそうやって与えられたことを「頑張る」よりも、持ち前の自然な豊かさを自分で確かめるっていうことが、幼児期に一番大切なのではないでしょうか。保育者も本当に大切なことは座学だけでは学べないんですよ。幅広い経験がさまざまなことを教えてくれて、いち保育者を人間らしい人間に育てるんじゃないかしら。
子どもの心に寄り添うことの大切さを感じました。ありがとうございました!
映画『あの日のオルガン~疎開保育園物語』とは
2019年2月公開の映画『あの日のオルガン』(出演・戸田恵梨香、大原櫻子、夏川結衣、田中直樹、橋爪功、監督・平松恵美子)の原作本。
太平洋戦争末期、東京都品川区、京浜工業地帯のすぐそばにある戸越保育所では、日に日に空襲が激しくなり、園児たちは命の危険にさらされていた。
そんな中、まだ20代の若い保育士たちが、これまで例のなかった未就学児の集団疎開を決意する。
同じ東京の、愛育隣保館と合同で行われることになった集団疎開。国中が食糧難のなか、やっと見つかった受け入れ先は、埼玉県蓮田市の無人寺、妙楽寺だった。
ここで、保育士11人、園児53人の「疎開保育園」がはじまった。さみしがる子供たちのケア、深刻な食糧不足、東京大空襲で孤児になってしまった園児。やがて空襲は、疎開保育園のある埼玉にも頻繁にやってくるようになり、
「私たちのやっていることは、正しいのだろうか。戦争が、終わることはあるのだろうか……?」と、
若い保育士たちは、迷いを持ち始める。
これまで知られてこなかった「疎開保育園」という存在にスポットをあて、戦争が子供たちを巻き込んでいく様子を、関係者たちへの丹念な取材に基づいて克明に描くノンフィクション。
『あの日のオルガン 疎開保育園物語』
久保つぎこ(著)
出版社:朝日新聞出版 新装版(2018/7/20)
保育に関わる皆さんにもぜひ観てほしい映画ですので、上映予定をチェックしてみてくださいね。