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映画『あの日のオルガン~疎開保育園物語』原作者・久保つぎこさんが語る作品への想い【Vol.1】

「あの日のオルガン」原作者の久保つぎこさん
空襲にさらされ危険な状態が迫っていた太平洋戦争末期の東京、日本で初めて保育園の疎開を決行した保母(現在の保育士)たちがいました。その様子を描いた映画『あの日のオルガン』が2019年2月、全国で上映され話題になりました。この作品の原作を、実際の保母たちへの取材を通し手掛けたのが、久保つぎこさん。このシリーズでは、久保さんの執筆の経緯や作品に込めた想い、また、幼稚園の園長経験もある久保さんが語る保育観などについて伺いました。第1弾となる今回は、『あの日のオルガン』の原作『君たちは忘れない-疎開保育園物語』についてお話ししていただきました。

戦争の記憶なしで描いた作品

『あの日のオルガン~疎開保育園物語』執筆のきっかけはどのようなものでしたか?

出版社に勤めている友人に、「童話を書いてみれば?」と言われたのが私自身の執筆活動の始まりでした。原稿用紙45枚ほどの作品を投稿したら、「こどもの館」に載せていただけることになりました。

ビックリしたことに、投稿したものが1冊の本になって、当時のご近所さんたちが出版記念会をしてくださいました。そこにジャーナリストの橋本進さんをお招きしたところ、”戦時中の疎開保育について映画をつくる。その原作を書きなさい”って。そういう人を探しているって。ええ、38年前です。

でもそれ、原稿用紙450枚って聞いて…私は45枚しか書いたことがないので、1冊書くのに3年もかかっちゃいました(笑)。

終戦当時は久保さんもまだ1歳半だったとか…。戦争の記憶がほぼない立場としてお話しを描くのは大変ではありませんでしたか?

すごく大変でしたよ。社会科とか歴史とか、苦手だし。何にも分からないんです。慌てて本を買って読んで、保母さんたちに会って。それでもなかなか日本の戦争がどういうことだったのか呑み込めない。焦れば焦るほど頭に入らない。それなのに仕事を引き受けちゃった。不勉強の報いですよね。苦しい仕事でした。2冊目の本ですものね。

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