大家族の中で育った男の子
カノア保育園ができ、初めて通ってきた子どもの中にネイルトンという男の子がいました。兄弟姉妹が多くいる、大家族に育ったネイルトン。母親は既に高齢ということもあり、いつもお姉さんが付き添っていました。すぐ上のお姉さんは、保育園の活動にとても興味を持っているようで、いつもいとこと一緒に送り迎えに来てくれます。「何か手伝うことはない?」
と声をかけてくれる彼女の名前はアナ(Ana)。みんなにアニーニャと呼ばれていました。因みにポルトガル語で「inha / inho」とつけるのは、「小さい」という意味。例えばボール(Bola)のことをボリーニャ(Bolinha)というと、小さなボールという意味になります。
アニーニャやそのいとこ、友だちと話している中で、私は考えるようになっていました。私のできること。彼女たちがやりたいこと。何かないだろうか? そして見つけたのが、「リコーダー教室」でした。週2回、放課後に開いたリコーダー教室。小さな子どもたちと過ごすのとはまた異なる、楽しい時間でした。
ボール一つでストリートサッカーの始まり
さて、とても活発で、男の子の中では一番しっかりと先生の話を聞いている印象のあったネイルトン。私たちが「○○するよ!!」と言うと、いつも他の男の子たちに「先生が○○するって!!」と伝えてくれます。面倒見のいい彼は、いつもまとめ役でした。「ブラジルといえばサッカー」というように、カノア保育園の子どもたちも例外ではありません。ボールを1つ渡せば、知らないうちにストリートサッカーの始まりです。
見ている私たちは、だれとだれが同じチームなのか、どこがゴールなのかも分からないのですが、子どもたち同士は通じ合っているようで、走り続けています。誰もがゴールを決めたいとボールを持ったら突っ走る中、ネイルトンは周りを見て、手を挙げ、パスを受けたり、相手にパスを送ったりしています。ブラジルの小さな村の子どもたちのサッカー。あまりにも上手で、私は口をぽかんと開けて観戦してしまいます。そんな時はよくエヴァさんに、
「真由美、もっと周りの子どもたちも見て!!」
と叱られるのでした。
大けがを負ったネイルトン
保育園を卒業し、小学校に入ったネイルトン。サッカーが大好きで、村の少年サッカーチームでも中心選手として活躍していました。しかしある日、観光地カノアから続く道路に自転車で飛び出したネイルトンはトラックと衝突。足を骨折する大けがをしてしまいました。もしかしたらもう歩けなくなるかもしれない。それほど複雑に骨折した足に包帯を巻き、松葉杖をついているネイルトン。大好きなサッカーがもうできなくなるかもしれない。そんな時でも彼は、「大丈夫だよ」と笑顔をみせてくれました。私はその笑顔を見ながら、心の中で涙を流していました。
それから数年。彼は無事、完治しました。ただ、スポーツとしてサッカーを続けることは難しくなってしまったのでした。悲しいことでしたが、優しくてリーダーシップのある彼のことなので、どんな世界でもきっと活躍してくれていると思います。
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鈴木真由美(著)
発刊:2020年8月20日 ブラジル北東部、世界的観光地のカノア・ケブラーダに隣接する貧しい漁村エステーヴァン村。
麻薬と売春の渦巻く環境の中で暮らす子どもたち。
親たちから託された願い。
それは“村に保育園を作る”ことだった。
「子どもたちに、これからの社会で生きていけるだけの力を」
サンパウロのファベーラ(スラム街)の保育園を経てエステーヴァン村にやってきた著者。
親たちの願いを受け村人たちと共に保育園作りに奮闘し、村が「未来に夢を持てるようになった」と言えるまでの道のり20年を、子どもたちのエピソードとフルカラー写真で鮮やかに描く。
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