海外での保育園運営のために、何が必要か?
カノア保育園を設立する際に、私とエヴァさんが決めていたことがあります。それは、地域の人を養成し保育園を担ってもらうこと。私もエヴァさんも、いつまでこの場所にいられるか分かりません。当時、私は3年間という期限付きで、保育園の設立のために派遣されていました。
その期間が終われば、日本に戻り日本の保育園で働く。そして、ブラジルで学んだことを日本の保育の中で生かしていきたい。そう考えていました。
エヴァさんもまた、家族がサンパウロにいることもあり、いつまでこの地にいるかは不透明でした。だからこそ、地域の人達と共に立ち上げたこの保育園を、地域の人達の力で継続していってもらいたい。そう強く考えていたのです。
エヴァさんと私は「適任は誰か?」を考え始めました。
「この人なら!」と二人で一致したのが、エヴァさんの助手として働いていたエリアーナでした。
未来の運営者を見出すために「クラス担任」を育てる
いずれ保育園を運営していくときには、先頭に立ってひっぱっていってくれる人が必要です。その初期段階として、エリアーナにはまず「クラス担任」となってもらおうと考えたのです。
私自身が担任をしていたクラス。私たちは異年齢保育を実施しているため、それぞれのクラスに3~5歳児がいることになります。
エリアーナと私は何度も話し合いをしました。
クラス担任となることに対して前向きだったエリアーナ。それでも、不安を隠すことはできません。
「私にできるだろうか?」
彼女はことあるごとにそんなことをつぶやいていました。
「大丈夫!!」そう力強く背中を押したのは、彼女を育ててくれた祖母のアナーリアさんでした。祈祷師でもあり、村の相談役でもあったアナーリアさん。
そんな彼女を祖母にもつエリアーナは、祖母に背中を押してもらって「がんばるよ!!」力強くそして希望に満ちた目で、そう言ってくれたのです。
それと同時に始めたのは、エヴァさん、エリアーナの助手として働いてくれる人たちを探すことでした。私が助手としてどちらかのクラスに入っても、1人足りません。
さて、だれが良いのだろうか?
私とエヴァさんは村を歩き、子どもたちと過ごす人たちを眺め、声をかけ、話を聞き、そんな日々を過ごしていました。
そして、
「私、あなた達と一緒に働いてみたいんだけど」
そう声をかけてくれた人がいました。
彼女の名前は、フラビアーニ。ちょうど、一人娘が私たちの保育園に通い始めたところでした。
15歳という若さで娘を生み、育てているフラビアーニ。両親から家を追い出され、叔母の家で娘と二人、暮らしていました。中学校を中退していた彼女を受け入れようと決めた私たち。
子育て中の若いお母さんである、フラビアーニ。保育の経験のない彼女でしたが、私とエヴァさんが「希望を託してみよう!」と思った理由は、彼女から感じられた子どものような好奇心と探求心でした。
来月は、実際の保育者の指導方法やクラス担任の育て方について、私たちが重視していた点や工夫した点をご紹介したいと思います。
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