汐見稔幸先生が考える、現在の保育者が置かれる環境と意識の差 Vol.3

第1回、第2回は「子ども主体の保育」の意味や、保育者が子どもに与えるべき「本物の文化」について汐見稔幸先生に語っていただきました。最終回となる今回は、現在保育士、幼稚園教諭の方が置かれている環境について、また大人の”保育力”は子どもの主体性にどう関係するのかについて伺いました。

「教育」と「保育」をもう一度同じに

 

幼稚園の先生と保育園の先生では、「教育する人」「保育する人」というイメージの違いがあります。実際も、例えば保育士だとあまり教育をするという感覚ではない方も多いのではないでしょうか。


確かにそうですね。しかし、今は保育と幼児教育は全く同じものだということになってきています。本当は保育という言葉は、戦後は「保護教育」という意味で使っているんです。

子どもは保護しながら教育をしなければいけない。だから幼児期における教育のことを「保育」というのだと言っていたんです。しかし保育園が「保育」と言い出したので、幼稚園がそれに対して「教育」だと言い出した背景があります。

今、「幼児教育振興法」というものが国会に出されているんです。これだけ保育や幼児教育が大切となっているのに、それを支えている法律がないので作ろうとしているのですが、ここでは、幼稚園、保育園、認定こども園は対等の幼児教育機関になっています。

そういう動きがあるんですね。以前、ある認定こども園の取材で園長先生から「幼稚園教諭の方と保育士の方では同じ職場でも意識の差がある」という話を伺ったことがあります。


そうですね。保育園と幼稚園は、保育時間の差だけでなく福祉施設と教育施設の差が微妙にあるんです。

幼稚園は文部科学省管轄なので、「教育」という言葉もたくさん使いますから、「自分たちは教育している」という意識があるんですよね。実際にやっていることにはどんどん差が無くなっているんですが。

「保育」と「教育」は同じなので意識の差もなくしていきたいところですが、この差がなくなるにはまだ数年時間がかかると思います。

教育環境のギャップを理解する

近年、現実と理想のギャップに悩んで保育者が保育から離れてしまうことを指す「リアリティショック」という言葉が聞かれるようになりました。失敗などを全て「自分のせいだ」と思ってしまう若い先生も多いのかもしれません。自己肯定感の低さも関係していますか?


今の若い世代の育ちは、自分の意見を言うことが大事だという教育ではなかったんですよね。どれだけ覚えたのか、どれだけ再現できたのかなどが重視されてきた。教育は、自分の考えを述べあうことによって真理に近づいていくんだという体験が不足しているんです。

僕らが子どものときには、生活の中で自分で選択する機会がたくさんありました。「非認知的スキル」というのですが、自分の意見を言うことの大切さや自分のやりたいことを自分で選ぶことの大切さなどを、生活の中で身に付けてきました。

しかし、今の時代は大人の指示とは関係なく「自分の世界」を作って、ワクワクドキドキを体験する機会が減っています。言われたことをどれだけ忠実にこなすかということが中心で、「浮いたらどうしよう」「いじめられたらどうしよう」ということを考えながら生きてきたんです。

ずっとそう生きてくると、20歳を過ぎた頃からそれがひとつのパーソナリティになってきて、「自分の意見を言えない私がダメなんだ」と自分を責めることにつながってしまいます。

ベテランの先生からしたら、「なんでそんなことで落ち込むんだ」と思うようなことも、若手の先生からしたら深刻な問題かもしれない。だから育った教育環境のギャップを埋めて職場内の雰囲気を作り直していくことが大切です。

意見を言えない人たちがダメなわけではない。そういう環境の中で育ってきたんです。それをベテランの先生たちも、理解していかなければいけません。

その環境を変えていくポイントはあるんでしょうか。


うまくいかないとき、そのことばかり考えているから余計に辛くなってしまう。全てうまくいくわけがないんですから、「ああいうことを言う人もいるんだな」とか思いながらやりましょう。それよりも、「子どもがかわいい!」とか「これをやっていると保育をやっててよかったな」と思えるようなことをもっと考えられるようになるといいですね。

そういう経験をしている保育者が集まって、「私はこういう風に辛いことを乗り切ってます」という意見交換ができる場があるといいですよね。

本当の保育力は「子どもの気持ちを感じ取ること」

現場ではよく「保育力」という言葉が言われて、「保育力が高い保育士とは、子どもに言うことを聞かせられる保育士だ」と思われているように感じます。しかし、それは結果的に「子ども主体」からかけ離れていくことなのではと感じられます。


そうですね。本当は「子どもの気持ちや悩みをどれだけ深く感じ取れるか」というのが保育力の第一なんです。僕らは「応答力」と言っているのですが、「私はこの子のためにどうしたらいいのか」というのを考えて、子どものニーズに応答することですね。
指示して子どもを動かすという保育が多いので、いかに指示がうまいか、子どもになめられないかということを「保育力」と思っている方も多いですよね。でも、そこには子どもの気持ちが反映されていません。

子どもが何をしたいのか、何をしてほしいと思っているのか、それを感じ取ることが保育士として最初の仕事だと思います。

ーありがとうございました。大変勉強になりました。現場の先生にも届けたいです!

汐見稔幸(しおみ としゆき)
1947年 大阪府生まれ。東京大学名誉教授 白梅学園大学前学長 日本保育学会会長。
専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。育児や保育を総合的な人間学と位置づけ、その総合化=学問化を自らの使命と考えている。保育についての自由な経験交流と学びの場である臨床育児・保育研究会を主催。同会発行の保育者による本音の交流雑誌『エデュカーレ』の責任編集者も務め、学びあう保育の公共の場の創造に力を入れている。三児の父。
<著書>
『この「言葉がけ」が子どもを伸ばす』2012年(PHP研究所)、『「天才」は学校では育たない』(ポプラ新書)、『汐見稔幸 こども・保育・人間』(Gakken保育Books)ほか多数
まゆか

この記事を書いた人

まゆか

「ほいくis/ほいくいず」専任ライター。保育の楽しさを広めるために、元保育士の経験を惜しみなく放出。絵本とジャニーズが生きがいです。「わたしのワンピース」と、ヨシタケシンスケさん絵本推し。絵がとても下手なのがウリです。

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